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2009年10月 5日(月)
投稿者: 小川 陽子
 ふと何を書きたいと思うと、おばあちゃんのことを思い出します。
 初めて日本に来た時の学生寮は築何十年の木造二階建てのアパートでした。建物は古いですが、とてもきれいでした。木造の階段は何十年も経っているのですが、とても磨かれて木の原色が見えていました。そして、私は初めて階段の足場に「土足禁止」の張り紙を見ながらと戸惑っていました。学校の先輩は「靴を脱がないと、怒られますよ」と小さい声で呟きました。「誰に」と尋ねたら、狭い道を挟んで建物の向かい側の一軒屋の方に指をさしました。私は初めての異国生活に心細かったので、とにかく「分かりました」と先輩に答えました。
 一週間後、部屋で本を読んでいた時、とても大きな声で日本語の叫び声が聞こえていました。「怒られたよ、隣の子はまた靴のままで階段に上った」とルームシェアの先輩が呟いていました。外をこっそり覗いてみたら、一人の老婦人がアパートの前に立ち、誰もいないのに大きな声で話していました。老婦人は体が重そうで腰も半分曲がっていましたが、精一杯まっすぐに立とうとしていました。しばらく経つと、疲れたせいか重い体をかかえながら、ゆっくりと向いの一軒屋へ入っていきました。
 その後、おばあちゃんとすれ違う時がきました。わからない言葉で怒られると怖いという潜在意識がありましたので、目も合わせずにすぐ部屋に入るようにしていました。そのようにして数ヶ月が経ち、日本のお正月が迎えました。
 日本のお正月はとても静かです。この静かさは、日本でお正月を迎えようとしていた私にとっては、ホームシックを増させます。お正月は平日だと自分を慰めながら、部屋で時間を費やしていました。その時、誰かがドンドンとドアを叩きました。ドアを開けてみると、おばあちゃんがドアの外で立っていました。「これはお餅です。日本のお正月はお餅を食べます。」と話しながら、私の手にお餅を渡してくれました。「はい」と私が答えながら、お餅を持ったまま戸惑っていました。その間、おばあちゃんはゆっくりと帰りました。
 季節が春に変わり、勉強生活はより一層忙しくなりました。そして勉強時間を捻出するため、私は金土にカラオケ屋さんで徹夜アルバイトをするようになりました。ある朝のバイト帰り、一週間のバイト時間を終わらせ、私はとても爽やかな気分でした。自転車に乗りながら遠く自分のアパートを眺めていると、足場の窓から人の姿が見えました。こんな早い時間に人がいるはずがない、きっと勘違いだと思いました。アパートに近づくと、おばあちゃんの姿が見えました。彼女は重い体で上の階段から一段下がり、そしてそこに座りこみ、ゆっくりと上の段を拭いていました。演奏者がコンサートの前、自分の楽器を拭くように入念に一回一回と拭いていました。「おはようございます」と思わず初めておばあちゃんに声をかけました。「おはよう。お早いですね」おばあちゃんが笑顔で答えてくれました。部屋に入ると、なぜ、おばあちゃんは朝早くこのアパートを掃除するのかと不思議に思いました。先輩に尋ねると、「おばあちゃんはこのアパートのオーナーの家を借りているから、何かをお返しをしたいのではないでしょうか。毎日掃除して大変ですよ、だからいつも靴を脱がないと、怒ります」と答えてくれました。
 それから、私はおばあちゃんのことを尊敬するようになり、きちんと挨拶するようになりました。そして、おばあちゃんも毎日、私の背中に向けて「いってらっしゃい」と送り出してくれ、学校の帰りには「お帰り」と迎えてくれました。雨の日に傘をさしながら自転車通学の私の背中に「あぶないよ」と声をかけてくれました。
 お盆の時、おばあちゃんはおそうめんを抱えながら、私の部屋に訪ねてきました。「日本の夏はおそうめん、おそうめん」と単語一つ、一つを話してくれながら、裏面に書いている「作り方」に指を指しました。「ありがとうございます」と今回、私はすぐ頭を下げました。すぐ帰ると思いましたが、おばあちゃんはドアの柱に体を支えながら、「私の父と兄は皆、戦争に行って、皆は帰ってこなかった、もう古いことですよ」方言を標準語に直しながら話していました。そして、ゆっくりと一歩一歩と帰りました。おばあちゃんの背中を見て胸がいっぱいでした。
 無事に日本語学校を卒業し、そして学校の寮から引っ越しすることとなりました。先輩に教えてもらった通り、おばあちゃんに「お世話になりました。ありがとうございました。」と挨拶しましたが、おばあちゃんは「お元気でね」と短い一言でした。もっとおばあちゃんとたくさん話ができたらと思っていましたが、それ以上の言葉はありませんでした。荷物を運び出した日、おばあちゃんはずっと向い家のドアの前に立っていました。出発の時、ドアの柱に体を支えながら、遠くにいく私に手を振っていました。何度も振り返って見ましたが、おばあちゃんはその度に、手を振ってくれました。
 何年か経っているうちに、日本社会にも慣れ、色々なことが風のように過ぎ去っていくのですが、異国生活になれていない私を初めて暖かく迎えてくれ、心を開いてくれたおばあちゃんのことはどうしても忘れられません。そして、あの毎日おばあちゃんが丁寧に拭いていた古い階段も記憶の中に鮮明に残っています。上京する前に、もう一度アパートを訪ねましたが、アパートの向かいのおばあちゃんの家はもう平地になっていました。
 今も物事がうまくいかない時、よくおばあちゃんの姿を思い出します。彼女は私が出会った素晴らしい日本人女性の一人です。彼女との出会いは心の中に大切にしまっておきたいです。

月間最優秀賞受賞