無借金経営のメリット・デメリットと後悔しない備え方

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監修者 篠田 佳希

「無借金であれば会社は健全」「借入がないに越したことはない」
そう考えている経営者の方は少なくないでしょう。

実際、日本を代表する企業である任天堂が無借金で経営していることもあり、「無借金=理想」というイメージは根強くあります。

一方で、「無借金にこだわりすぎるのはよくない」「経営者なら銀行と上手に付き合うべきだ」といった意見を耳にしたことがある方もいるかもしれません。

果たして、無借金経営は本当に“理想の経営”と言えるのでしょうか?

この記事では、無借金経営のメリット・デメリットを客観的に整理し、あなたの会社が今のまま無借金でいるべきかを判断するヒントをお伝えします。


1.そもそも、無借金は「理想の経営」なのか?

結論から言うと、無借金経営は「良い場合も悪い場合もあり、会社によって最適解が異なる」経営スタイルです。

無借金経営は、利息負担がなく資金繰りも安定しやすい点で、確かに大きなメリットがあります。
そのため、「借金=悪」というイメージも手伝って、無借金は安全で健全だと評価する方も多いでしょう。

しかし、無借金が常に最適とは限りません
計画的に借入を活用することで、むしろ企業価値を高められるケースもあります。

つまり、無借金経営を目指すべきかどうかは「ケースバイケース」。


この後の章で、無借金経営の5つのメリットと4つのデメリットを整理します。
それぞれの特徴を理解することで、自社に合った経営スタイルが見えてくるでしょう。


2.無借金経営の5つのメリット

無借金経営には、多くの経営者が魅力を感じるだけの理由があります。
ここでは、特に重要な「5つの安心」を整理して紹介します。

2-1.金利などの金銭的な負担がない

無借金の最大のメリットは、やはり金利負担が一切発生しないことでしょう。

例えば、3,000万円を7年返済(元金均等)で借りた場合の利息総額は、

金利2%なら約200万円
金利3%なら約300万円
金利4%では約400万円にまで膨らみます。

借入をしなければ、こうした利息を支払う必要がありません。

また、借入には印紙代・保証料・事務手数料などの付随費用もかかりますが、無借金であればこれらの費用も発生しません。

金利上昇リスクも高まりつつある現在では、利息負担がないという点は、会社経営において大きな安心材料と言えるでしょう。

2-2.精神的・事務的負担が小さい

無借金企業は、借入に伴う返済ストレスや銀行対応がないため、精神面でも事務面でも負担が少なく、日々の経営を安定して進めやすいという特徴があります。

借入がある企業では、毎月の元本返済と利息の支払いが発生し、返済日に資金が不足すれば当然延滞となります。信用情報や銀行との関係に影響するため、資金管理が大きな精神的プレッシャーになる方も多いでしょう。

さらに、借入には事務的な手続きも少なくありません。
契約時の書類準備・面談に加え、契約後も場合によって
・半期ごとの決算書提出
・銀行独自フォーマットの資料作成
・資金繰り表の定期提出
・銀行担当者との面談対応
などが継続的に求められます。
提出後に追加資料を求められることも多く、対応が一度で終わらないことも珍しくありません。

こうした精神的・事務的な負担が発生しない点は、無借金経営ならではの大きな利点と言えるでしょう。

2-3.「堅実な会社」として社会的な信用度が高い

無借金であることは、企業の「支払い能力」や「自己資金での事業継続力」を示すため、社会的信用が高まりやすくなります。
これにより、以下のようなメリットがあります。

【「無借金の信頼」が生むプラス要素】

・取引先からの信頼が高まる
資金繰りリスクが低いと判断され、大口契約や新規取引のパートナーとして選ばれやすくなる。

・採用力が強くなる
「倒産しにくい」「長く働ける」という強い安心感を与え、人材採用において有利となります。

・投資家から評価される(上場企業の場合)
負債がなく財務が安定しているという評価は、株価の下支えにもつながります。

・専門家から“きれいな財務体質”と評価される
貸借対照表がシンプルで財務管理がしやすく、税理士・会計士からも「きれいな財務体質」として高く評価されます。

2-4.金融機関からの制約がなく、自由に経営判断ができる

無借金企業は、金融機関の承認を待つ必要がないため、経営判断を自由かつスピーディーに進められるという大きな利点があります。

借入がある企業では、大きな投資や新規事業の前に金融機関へ事前相談を行うことが実務上の慣習です。事前説明なしに進めると銀行が不安を抱き、今後の融資に影響する可能性があるため、多くの経営者が「ひと声かけておく」対応をとっています。

銀行側は返済能力に影響がないかを確認する必要があるため、説明や追加資料を求めることがあります。その結果、意思決定が遅れたり、場合によっては銀行の評価や方針によって計画を見直さざるを得ないこともあります。

無借金であれば、こうした外部の意向に左右されず、経営者が「今がチャンス」と判断したタイミングで即座に動くことができます。

2-5.将来的な事業承継・廃業時の負担が少ない

無借金であれば、会社を誰かに引き継ぐ場合や廃業する場合でも、手続きがシンプルになり、時間や費用の負担を大幅に減らすことができます

M&A(会社の売却)の際には、借入金や潜在的な債務がないことで財務状況が分かりやすく、買い手が判断しやすくなるため、交渉がスムーズに進みやすいという利点があります。

また、廃業・清算の場面でも、借入金が残っていると銀行との調整や担保解除などの「負債処理」が必要になりますが、無借金であればこうした手続きを省略でき、短期間で低コストの清算が可能です。


3.無借金経営の4つのデメリット

無借金経営には安心もありますが、その裏側には思わぬリスクも潜んでいます。
続いて、特に注意すべき「4つの落とし穴」を見ていきましょう。

3-1.お金を借りて成長を加速する「レバレッジ効果」が使えない

無借金経営では、借入金を活用して事業規模を一気に拡大する「レバレッジ効果」を使えません。
レバレッジとは「テコの原理」を意味します。テコを使うことで、少ない力で重いものを動かせるようになります。同様に、少ない自己資本であっても、借入金をテコのように活用して、自己資本(元手)に対する利益を大きく増やすことができます

たとえば、1,000万円で100万円の利益が出る事業があるとします。
もし借入を利用して元手を5,000万円に増やせれば、利益は単純計算で500万円になります。
つまり、借入を使うことで「元手に対してどれだけ利益が増えたか」という効率が高まり、事業の成長スピードを大きく加速できます
この効率はROE(投資効率)とも呼ばれますが、ここでは“お金の増えやすさが上がる”程度の理解で十分です。
無借金の場合、このような“成長のジャンプアップ”が難しくなり、資金力のある競合に後れを取るリスクがあります。

3-2.急な資金需要に対応できず、手元資金が不足することがある

無借金経営で手元資金が薄いと、急な支払いに対応できず、黒字倒産のリスクが高まります。

会社経営では、
・大口の支払い
・取引先の入金遅延
・急な設備修繕
など、予想外の資金需要が突然発生します。

しかし、無借金経営で「現金は最低限だけ」という状態だと、こうした急な支払いに対応できません

黒字倒産とは、事業としては利益が出ているのに、手元資金が足りず支払い不能に陥り、倒産してしまうことを言います。  
無借金であっても、キャッシュがなければ会社は倒れてしまうのです。

無借金経営は、“安全に見えて実はギリギリ”という状態になりやすい点に注意が必要です。

3-3.困った時に初めて借りようとしても、融資が通りにくい

いざ資金繰りが苦しくなってから銀行に頼ろうとしても、思うように支援を得られない点も無借金経営の弱みです。

今は順調でも、外部環境の変化によって売上が急減することはあります。
東日本大震災や新型コロナウイルスのような、想定外の事態も記憶に新しいでしょう。

こうした「経営が悪化した局面」で初めて銀行に相談しても、金融機関は慎重姿勢となり、借入が難しいことがあります

金融の世界には「銀行は晴れの日に傘を貸し、雨の日には貸したがらない」という言葉があります。
経営が悪い=雨の日には融資を控えるという意味です。

つまり、業績が安定している“晴れの日”のうちに、傘=借入の準備をしておくことが重要だと言えます。

3-4.初めての融資は審査が長く、経営のチャンスを逃す可能性がある

初めて金融機関から融資を受ける場合、審査・書類準備・内部決裁には、多くの時間を要します

そのため、
・出店のタイミング
・好条件の設備購入
・仕入れチャンス
などを「資金調達が間に合わない」という理由で逃してしまうことがあります。

▼初回融資の流れ(簡易版)

① 決算書などの書類提出
② 事業内容・財務状態のチェック
③ 担保・保証の確認
④ 銀行内部の審査
⑤ 契約 → 融資実行

実際には複数の部署をまたぐため、初回融資は想像以上に時間がかかります。
融資実行までには最短でも4週間程度、長ければ2ヶ月以上かかることも珍しくありません。

無借金経営は自由に動ける面もありますが、いざ資金調達が必要な時には動きが遅い会社になってしまうのです。


4.「いざという時、すぐ動ける」3つの準備

ここまで無借金経営のメリットとデメリットを整理してきましたが、重要なのは“メリットを活かしながら、デメリットに備えておくこと”です。
無借金そのものは健全な選択ですが、いざという時に動けなければ大きなリスクになります。
 そこで、無借金を続けながらも緊急時にすぐ資金調達ができるようにするための「3つの準備」を紹介します。

4-1.「借りられる実績」を、少額・短期の借入でつくっておく

無借金を維持したい企業でも、少額・短期で一度借入実績を作っておくことで、いざというときの融資が圧倒的にスムーズになります。

先に述べた通り、新規融資は審査に時間がかかります。ですが一度でも実績があれば、金融機関が企業の情報を把握しているため、2回目以降の審査は格段に早く進みます。

「実績は作りたいけれど、利息負担は抑えたい…」と考える方も多いでしょう。

確かに長期借入では利息が大きくなりますが、少額・短期であれば負担を最小限に抑えることができます。

たとえば、1,000万円を金利2%・12ヶ月(短期貸付)で利用した場合、利息はおよそ11万円程度
印紙代などの諸費用も最小限で済みます。

このように、少額・短期で借入実績を作っておけば、大きなコストをかけずに“借りられる会社”という信用力を築くことができます。

4-2.急な出費に備える「融資枠(当座貸越)」を用意しておく

無借金経営を続けたい企業にとって、当座貸越を契約しておくことは“最も賢い備え”のひとつです。

なぜなら、無借金を維持したまま、急な資金不足に対応できる仕組みだからです。

当座貸越とは、あらかじめ銀行と「使えるお金の枠」だけを決めておく制度で、実際に枠を使わない限り利息は発生しません。

【当座貸越の大きなメリット】

・金利負担がゼロ
枠を設定しているだけなら利息はかからず、使った分・使った期間だけ利息が発生します。  
そのため、コストを最小限に抑えながら備えることができます。

・緊急時でも即時対応ができる
すでに枠が設定されているため、通常の融資のような審査待ちが不要です。
急な資金ショートでもすぐに資金を確保できます。

このように当座貸越は、“借りない状態のまま備える”ことができるため、無借金を維持したい会社にとって非常に相性の良いセーフティネットです。

4-3.金融機関との関係は、日頃から維持しておく

無借金企業こそ、日頃から金融機関とつながっておくことが重要です。

「借りるつもりがないから銀行と関わらなくていい」という考え方は一見合理的ですが、実は大きな“損”につながります。金融機関は財務が健全な無借金企業ほど「ぜひ取引したい」と考えており、本来もっとも関係を築きやすい立場だからです。

とはいえ、必ずしも借入を前提にする必要はありません。
次のような“負担のないコミュニケーション”だけでも十分効果があります。

【金融機関との関係を維持するために、今日からできるコミュニケーション例】

・決算書を提出しておく  
・年に1〜2回、担当者と近況報告などの情報交換をする  
・新しい投資計画があれば軽く共有しておく  
・主要な取引(入出金や振込)をできる範囲でいずれか一つの金融機関に集約する  
・ネットバンキングや法人カードなど、借入以外のサービスを利用する  

決算書を提出しておくことで、金融機関は企業の「格付(信用ランク)」を事前に作成でき、いざ資金が必要になった際の審査を早く進めることができます。

また、担当者に投資計画を共有しておけば借入が必要になった場面でも「以前のお話の件ですね」と話がスムーズに進みやすくなるでしょう。

さらに、入出金取引やネットバンキングの利用を可能な範囲で一つの金融機関に集約しておくことで、  自然と“メインバンク”としての関係ができあがります。
日頃から主要な取引を預けている金融機関に借入を申し込む場合は、「なぜその金融機関を選ぶのか」という理由が最初から明確となるため、検討の土台が整う点もメリットです。

こうした日頃の小さな積み重ねが、「いざ」というときの備えにつながります。
まずは担当者との軽い情報交換から始めてみましょう。


5.まとめ 無借金でも「借りられる状態」を維持しておくことが最強の経営戦略

結論として、企業を本当に強くするのは、無借金であることそのものではなく「必要なときに借入をできる状態」を保っておくことです。

無借金経営には大きな安心感がありますが、経営環境は常に変化し続けるものです。
突然の投資機会や予期せぬ支払いが生じたとき、“すぐ動ける準備” を持っているかどうかで、企業の対応力は大きく変わります。
無借金を維持したいと考える企業こそ、金融機関と日頃からつながりを持ち「いつでも借りられる状態」をつくっておくことが大切です。

まず最初は、金融機関の担当者と軽く話をしてみるだけでも十分です。
会社の状況や今後の方針を共有する中で、あなたの会社に合った備え方や、いざという時に選べる選択肢が自然と見えてくるかもしれません。

健全な財務を保ちながらも、必要なときには迷わず資金調達に踏み切れる。
その両方を備えた経営こそ、変化の激しい時代に企業を守る最強の戦略と言えるでしょう。