
企業の業績を、売上や利益だけでは見えにくい「資本コストを上回る収益を生み出しているかどうか」という視点から評価する指標として、近年再び注目されているのがEVA(Economic Value Added:経済的付加価値)です。
EVAでは、資本コストを上回る収益を生み出しているかどうかを可視化できるため、企業価値における業績評価や株主価値の向上のため、また、事業撤退基準を明確にするためなどに活用されています。
しかし一方で、EVAは計算が複雑で、導入や運用に手間がかかるという側面もあります。また、他の財務指標と比較した際にどのような優位性・限界があるのかを把握していないと、誤った評価や経営判断につながるリスクもあります。
この記事では、EVAの基本的な仕組みから、評価指標としてのメリット・デメリット、他の指標との違いなどをわかりやすく解説していきます。
自社の評価制度や経営戦略にEVAを取り入れるべきかどうかを検討している方は、ぜひ参考にしてください。
目次
1.EVAのメリット・デメリット一覧(比較表)
まず、EVAを活用するメリット・デメリットについて、代表的な企業価値評価の指標と比較した一覧表をご用意いたしました。
表を活用して、EVAにはどのようなメリット・デメリットがあるのか、理解の一助としていただけましたら幸いです。
企業価値評価の指標(EVA・ROE・ROIC・EBITDA)の比較表
| 項目 | EVA | ROE | ROIC | EBITDA |
| ①資本コストの水準を理解することができる | ○ | △ | ○ | × |
| ②企業の資本効率を把握できる | ○ | ○ | ○ | △ |
| ③経営の透明性を向上させられる | ○ | △ | △ | × |
| ④特に短期的な業績評価に強い | ○ | ○ | △ | ○ |
| ⑤計算が簡単である | × | ○ | △ | ○ |
| ⑥事業部別の資本コスト算定ができる | △ | × | ○ | × |
| ⑦実績値がマイナスになりにくい | × | ○ | △ | ○ |
| ⑧株式市場の変動に左右されない | △ | × | △ | ○ |
(※「○=適している」「△=条件次第」「×=不向き」という整理になっています)
判定基準の補足
・EVA…資本コスト(WACC)を使い、企業価値や資本効率を総合的に評価できる。経営における透明性も高い。事業部別算定も条件によっては可能だが、計算はやや複雑かつ、企業によってはマイナス値も出やすい。
・ROE…株主資本コストとの比較や資本効率の把握、短期的な業績評価などにも使われるが、レバレッジなどに左右されやすく、企業の資本コスト自体は直接わかりづらい。
・ROIC…資本全体の効率を把握できる。事業別算定も可能。透明性や市場変動耐性もあるが、計算は若干煩雑で、マイナス値も生じやすい。
・EBITDA…業績評価や計算は簡単だが、資本コストや資本効率には直接関与せず、透明性や事業部別資本コストの把握には使いにくい。
2.EVA評価を導入するメリット
企業の経営指標としてEVA(経済的付加価値)を導入することで、財務の効率性だけでなく、資本の使い方そのものを見直すことが可能になります。
この章では、EVA導入によって得られる主なメリットを4つの観点から解説します。
2-1.資本コストがどれだけ投入されているかが判断できる
EVAは、企業がどれだけの資本を使ってどれだけの収益を得たかを「資本コスト」という概念を通じて可視化します。
資本コストとは、企業が資金を調達する際にかかるコストのことです。これは、銀行からの借入や社債発行に伴う利息の支払いや、株主への配当・株価上昇期待など、資金提供者(債権者や株主)が企業に資金を提供する際に期待する最低限の投資収益率を指します。
通常の損益計算書では、調達した資本にどの程度のコスト(期待リターン)がかかっているかは明確に示されません。しかしEVAでは、投下資本に対してどれだけのリターンを上げたかを計算するため、無駄な資本の使用や高すぎる資本コストに早期に気づくことができます。
例えば、WACC(加重平均資本コスト)が6%であるのに、ある事業のROICが5%であれば、その事業は資本効率的にマイナスと評価されます。これにより、より低コストで資金調達を行う方法を検討したり、不採算部門への資本投下を見直すといった、実務的な意思決定が可能になります。
つまり、EVAを導入することで、企業は資本コストの水準を明確に意識することができるようになります。これは、最適な資本配分と資本コストの圧縮を図るために必要な要素です。
2-2.企業の資本効率を正確に把握できる
EVAは、利益の質を判断するための有効なツールであり、単なる黒字・赤字ではなく、「資本をどれだけ効率的に使っているか」に着目できます。
例えば、利益が出ている企業でも、過剰な資本を投下していればEVAはマイナスになります。逆に、資本コストを超える利益を安定的に出せていれば、少額でもEVAはプラスとなり、効率的な経営と評価できます。
製造業などの重資本型企業では、EVAを使うことで、ROIやROEよりも現場レベルでの投資効率を評価しやすくなります。また、複数事業を展開している企業では、事業単位ごとのEVAを比較することで、撤退判断や資源配分の優先順位づけに活用できます。
このように、EVAは「どの事業が本当に企業価値を生み出しているか」を定量的に示すため、資本効率の健全性を正確に把握する手段として有効です。
2-3.経営の透明性を向上させられる
EVAを使うことで、企業は株主や投資家に対して、なぜその利益水準が適正といえるのかを論理的に説明しやすくなります。
EVAでは、あらかじめ資本コスト(WACC)を明示的に設定し、それを基準に利益を上回ったかどうかを判定するため、経営判断の根拠が外部に開示しやすくなります。これにより、株主や投資家との間で共通の評価軸ができ、信頼感の醸成にもつながります。
特に、IR資料や統合報告書において「資本コストを上回るリターンを出しています」といった説明が可能になれば、短期的な株価変動に左右されず、企業の中長期的な経営方針を投資家に伝えやすくなります。
このように、EVAの導入は経営の透明性を高め、株主・投資家との建設的な対話を可能にするツールとしても活用できます。
2-4.特に短期的な業績評価に強い
EVAは、基本的に1会計年度を単位として計算されるため、短期的な業績評価において非常に実用性が高いという特徴があります。
従来の財務指標では、年度ごとの成果を評価する際に「見かけの利益」に左右されることがありました。しかし、EVAでは資本コストというハードルがあるため、真の価値創造があったかどうかが明確になります。
例えば、新任の事業部長が就任後1年間でコスト削減と在庫圧縮を進めた結果、EVAが大きくプラスに転じたとすれば、これは単なる会計上の利益増ではなく、資本効率を改善した成果として高く評価できます。
ただし、EVAを繰り返し活用していくことで、長期的な業績評価や価値の創出度合いを測ることは可能となっているため、EVAは長期的には使えないというわけではありません。
したがって、EVAは短期的な改善活動や経営者の能力評価において、ブレの少ない正確な評価軸を提供します。
3.EVA評価を導入するデメリット
EVAは資本効率を評価する上で有用な指標ですが、すべての企業・すべての状況に適しているわけではありません。この章では、導入や活用にあたって注意すべき主なデメリットを4つの観点から解説します。
3-1.計算が複雑である
EVAは算出に手間がかかるため、導入・運用のハードルが高くなる場合があります。
EVAは、税引後営業利益(NOPAT)から投下資本×資本コスト(WACC)を引いて算出することがありますが、この過程で複数の会計項目を調整し、企業独自のWACCを正確に見積もる必要があります。特に、非経常的な費用の取り扱いや、資産の簿価調整などが煩雑です。
例えば、償却方法やのれん償却の扱いひとつをとっても、EVA値に大きな影響を与える可能性があるため、財務部門や経営企画部門に相応の知識と準備が求められます。
このように、EVAは導入後のデータ整備や運用負荷が大きく、特に中小企業や人的リソースが限られた組織では、導入を躊躇する要因となることがあります。
3-2.事業部別の資本コスト算定が困難である
多角化企業においては、EVAを正確に算出するための事業単位での資本コスト(WACC)の設定が極めて難しくなります。
複数の事業を運用している企業において、EVAを事業別に算定する場合には、それぞれの事業リスクに見合ったWACCを独自に設定する必要があります。しかし実際の事業では、事業ごとのバランスシートが明確に区分されていなかったり、内部管理や制度設計、あるいは監査などで「全社一律の資本コストとして管理する」と規定していたり、社内システムの都合により、事業別の計算が技術面やコスト面で困難だったりするため、一律の資本コストで算出するしかないケースも多く、評価の正確性が損なわれる可能性があります。
例えば、製造業とIT事業を持つ複合企業では、同じ資本コストで両事業を評価すると、成長性が高いIT部門に不利な判断が下されることがあります。
このように、複数事業を持つ企業ではEVAの適用が技術的に難しく、かえって誤った経営判断を招くリスクもあるため、補完的な指標の併用が必要です。
3-3.実績値がマイナスになりやすい
EVAは新規投資や一時的な資本増加の局面では、黒字経営でもマイナス値が出ることがあります。
EVAは利益から資本コストを差し引くため、一時的に大きな設備投資を行ったり、事業立ち上げ初期で収益が安定しない段階では、利益が出ていてもEVAがマイナスになるケースが珍しくありません。
例えば、新規工場を建設した翌期は売上も利益も増加しているにもかかわらず、資本コストが急増することでEVAが一時的にマイナスとなり、経営陣が評価を下げられることもあり得ます。
このように、EVAは投資判断の直後に結果を求めすぎる傾向があり、誤解や社内混乱を招く可能性があるため、背景を理解した評価体制が必要です。
3-4.株式市場の変動に左右される
企業が時価ベースで評価される資本をEVA計算に用いる場合、外部要因によってEVAが上下する不安定さがあります。
特に、WACCの計算に株主資本コストを含める際、β値や市場リスクプレミアムの変動が大きいと、経営努力とは無関係に資本コストが変動し、結果的に、計算にWACCを用いるEVAの数値がブレやすくなります。
市場金利が上昇したタイミングで、WACCが高くなり、結果としてEVAが急減するようなケースでは、企業実態とは異なる財務評価が下されることもあります。
このように、EVAは株式市場のボラティリティ(価格変動の度合い)の影響を受けやすいため、経営実態と切り離して評価する補助的な視点も併せ持つことが重要です。
4.評価指標の活用シーンと推奨される指標
EVAは、資本コストを明示的に考慮した経済的付加価値を測る指標ですが、企業評価には他にもROEやROIC、EBITDAなどの指標が存在します。それぞれの指標には独自の強みがあり、目的に応じて使い分けることが重要です。
経営判断や投資評価の精度を高めるためには、単一の指標に依存するのではなく、複数の視点から企業価値を捉える必要があります。以下に、主な評価指標の特徴と、EVAとの違いをわかりやすく比較します。
各指標の概要比較
| 指標 | 主な用途・特徴 | 評価対象 | 計算基準 | 活用シーン |
| EVA | 資本コストを考慮した経営効率の評価 | 企業全体・事業単位 | 税引後営業利益(NOPAT)−資本コスト額 | 資本効率の経営判断、事業撤退・投資判断 |
| ROE | 株主資本の収益性評価 | 企業全体 | 当期純利益 ÷ 自己資本 | 株主視点での収益性比較、株価評価 |
| ROIC | 投下資本の効率性評価 | 企業全体・事業単位 | 税引後営業利益(NOPAT) ÷ 投下資本 | 事業別の資本効率比較、投資判断 |
| EBITDA | 営業活動のキャッシュ創出力評価 | 企業全体 | 税引前利益 + 支払利息+ 減価償却費 | キャッシュフロー重視の評価、M&A、企業価値算定 |
4-1.株主価値に重点を置きたい場合→EVA、ROE
株主の視点から企業の成果を評価したい場合、EVAとROEはいずれも有効な指標です。
ROE(自己資本利益率)は、株主が投資した自己資本に対してどれだけの利益を生み出しているかを示すもので、株主へのリターンを測る指標として広く認知されています。一方、EVAは「資本コストを超える利益を出せているか」に着目するため、株主が期待するリターンに達しているかどうかをより厳密に評価できます。
例えば、ROEが10%であっても、資本コストが12%であればEVAはマイナスとなり、株主が求める水準には達していないことになります。
このとき、単なる利益率ではなく、「投資家の要求水準を満たしているか」という観点で見れば、EVAの方が精度の高い評価が可能となっています。
したがって、株主価値を定量的かつ戦略的に評価したい企業には、ROEとEVAの両方を用いることが推奨されます。
4-2.事業ポートフォリオの入れ替え判断→EVA、ROIC
複数の事業を比較・評価して再編や撤退を検討する場合、EVAとROICの併用が効果的です。
ROIC(投下資本利益率)は、事業ごとに投下された資本に対する収益性を示し、収益の「割合(%)」での比較が可能です。
一方で、EVAは、資本コストを超えて生み出された価値を「金額(実額)」で示すため、事業単位での価値創出の有無を明確にします。両者を組み合わせることで、数値の相対性と絶対性を同時に把握できます。
Aの事業のROICが15%でBの事業のROICが12%の場合、数字上はA事業の方が効率的に見えます。しかし、資本規模やコスト構造を加味してEVAを算出すると、B事業の方が大きな付加価値を生んでいる可能性も十分あります。
そのため、事業ポートフォリオの入れ替えや選択と集中を行う際には、EVAとROICの両面から評価することが重要です。
4-3.キャッシュ重視の経営評価→EBITDA
キャッシュフローを重視する経営方針を持つ企業では、EBITDAが最も適した評価指標となります。
EBITDAは、税金・金利・減価償却といった財務・会計上の影響を排除し、「事業がどれだけキャッシュを生んでいるか」を把握できる指標です。資本構成や会計処理の違いを超えて比較できるため、キャッシュフローに近い利益指標としての実力評価に優れています。
M&Aの現場では、対象企業の価値を判断するためにEBITDA倍率(EV/EBITDA)を用いることが一般的です。これは、会計方針や資本調達方法に左右されない「稼ぐ力」の指標として重宝されている証です。
ゆえに、キャッシュ重視・M&Aを見据えた経営評価を行う場合には、EBITDAが最適な判断基準となります。
4-4.シンプルに効率を測りたい場合→ROE
企業全体の効率性を簡便に把握したい場合、ROEは最も使いやすい指標です。
ROEは「自己資本に対してどれだけ利益を生み出したか」を表すシンプルな指標であり、企業の収益性と効率をコンパクトに測ることができます。投資家にも広く知られており、業界間比較や経年比較にも適しています。
例えば、ROEが10%であれば、株主が出資した100万円の資本に対して、年間で10万円の純利益を出している計算になります。単純明快な指標のため、初学者や経営層にも受け入れられやすいという利点があります。
そのため、複雑な補正なしで効率を判断したい場合は、まずROEを活用するのが賢明です。
5.EVAの活用に向いているケース
EVA(経済的付加価値)は、単なる利益額や利益率では見えにくい「資本効率」に光を当て、企業や事業が本当に価値を生み出しているかを評価する指標です。
すべての企業に万能な指標ではありませんが、特定の経営課題や評価ニーズを持つ企業にとっては、EVAは非常に強力な武器になります。
この章では、EVAが特に有効に機能するケースについて、5つの代表的なパターンを紹介します。
5-1.資本効率を重視した経営を目指している
資本の使い方に着目した経営を志向している企業では、EVAの導入が効果的です。
利益だけでなく、資本コストという見えざる負担を加味して初めて、真の経営効率が見えてきます。EVAは、投資された資本に対してどれだけの付加価値を生み出しているかを明示できるため、「儲かっているように見えるが、実は効率が悪い」といった経営の盲点を可視化します。
設備投資に積極的な製造業などでは、利益額が大きくても資本回転が悪ければEVAがマイナスになるケースがあります。こうした場合、EVAは非効率な資産の整理や投資判断の見直しを促す材料になります。
したがって、資本の使い道にまで踏み込んだ経営効率を高めたい企業には、EVAの導入が強く推奨されます。
5-2.事業部・子会社ごとの業績評価を統一した指標で行いたい
多角化・分社化が進んでいる企業では、EVAを共通指標として用いることで業績評価の一貫性が生まれます。
EVAは「資本コストを上回る利益が出ているか」という統一された視点をもたらすため、異なる業種や市場に属する事業部・子会社でも、共通の物差しで比較・評価が可能です。
ある商社では、全社でEVAを導入し、「3年連続でEVAがマイナスの事業は撤退を検討する」というルールを設定し、それにより、感覚的・属人的だった撤退判断に明確な数値基準が導入されました。
このように、組織内の業績評価を「資本効率」という共通基準で統一したい場合、EVAは有力な選択肢となります。
5-3.株主・投資家への説明責任が強く求められている(上場・IPO準備中)
上場企業やIPOを控える企業では、EVAを導入することで投資家に対する説得力ある説明が可能になります。
投資家は単なる利益ではなく、「どれだけ資本を効率的に使っているか」にも注目します。EVAを通じて「資本コストを上回る成果を上げている」ということを示すことは、ガバナンス体制の強化や投資家からの信頼獲得につながります。
IPOを目指すベンチャー企業が、EVAのフレームを導入することで、財務指標と経営戦略との整合性を説明しやすくなり、機関投資家からの評価が向上した事例もあります。
このため、投資家や市場との対話力を高めたい企業にとって、EVAは極めて有効な対外説明ツールです。
5-4.ROEやROICに限界を感じている
従来の財務指標に物足りなさを感じている企業には、EVAが新たな視点を提供します。
ROEやROICはあくまで「比率(パーセンテージ)」であるため、数値が高くても事業規模が小さいとインパクトが乏しい場合があります。また、財務操作で見かけ上の数値を良くすることも可能です。一方、EVAは実額での価値創出を測るため、数値操作に強く、真の価値貢献を見極めやすい特徴があります。
高ROEである一方で自己資本が極端に少ないような企業では、見かけ上は高評価でも、実際にはリスクの高い財務構造であることがしばしばあります。EVAはこうした「見せかけの効率性」を是正する役割も果たします。
つまり、既存の財務指標の限界を感じ、より実質的な評価を求める企業にとって、EVAは有効に働く可能性があります。
5-5.中長期視点での経営評価・インセンティブ設計を重視している
短期成果だけでなく、継続的な価値創造を重視する企業には、EVAを基軸にした評価制度が有効です。
EVAは資本コストを引いた利益を追求するため、短期的な数字合わせではなく、持続可能な経営成果を促進します。継続的にEVAをプラスにし続けることが、企業価値(MVA)の向上につながるため、役員報酬やインセンティブ設計との親和性も高いです。
外資系企業では、経営陣のボーナス算定基準にEVAの増加額を用いるケースも多く、中長期的な資本効率改善に対する強い動機づけとなっています。
ゆえに、企業価値の持続的向上や長期的な人材評価制度を目指す企業にとって、EVAは理想的な指標といえるでしょう。
6.EVAの活用に向いていないケース
EVAは資本コストを考慮した高度な経営評価指標ですが、どの企業にも無条件で適しているわけではありません。
むしろ、企業の規模や財務体制、上場の有無などによっては、EVAの導入がコストや手間に見合わない、あるいは評価結果がかえって誤解を招く可能性もあります。
この章では、EVAの導入が慎重に検討されるべき3つのケースを紹介します。
6-1.小規模・単一事業で運営されている企業である
中小規模の企業や単一事業で完結している企業にとって、EVAは必ずしも有効な指標とはいえません。
EVAの強みの一つは、複数事業間での資本効率の比較や、資本配分の適正化にあります。しかし、そもそも評価対象となる事業が1つしかない企業においては、EVAの導入に対する分析労力や導入コストが、その価値を上回ってしまうことが多いのです。
従業員数10名程度の製造業で、単一のサービスに集中している企業がEVAを導入した場合、精緻な資本コストの計算や調整会計の負担が重く、日常業務の効率を下げる結果となる恐れがあります。
したがって、小規模または事業の単純性が高い企業では、EVAよりもROEや営業利益率など、よりシンプルな指標の活用が現実的です。
6-2.会計基盤や財務データが整っていない企業である
財務情報の整備が不十分な企業では、EVAの導入は難易度が高く、逆に誤った意思決定を招くリスクがあります。
EVAの計算には、税引後営業利益(NOPAT)や資本コストの正確な把握が不可欠であり、必要に応じて会計データの再調整も求められます。月次決算の遅延があったり原価計算の精度が低い企業では、正確なEVAが算出できず、評価がブレる可能性が高くなります。
財務ソフトが簡易な表計算で管理されていたり、月次決算が3か月遅れでしか締まらないような企業においては、EVAを導入しても「過去の参考値」にしかならず、経営判断に生かしにくくなります。
このような場合にはまずは会計・財務インフラの整備が先であり、EVAはその後段階で導入すべき指標となります。
6-3.非上場企業で資本コストの算出が困難である
非上場企業では、資本コストを精緻に計算するための前提情報が揃わず、EVAの導入に制約がかかります。
EVAでは資本コスト、特にWACC(加重平均資本コスト)を用いますが、非上場企業では株式のβ値や市場リスクプレミアムなどが不明確なため、正確なWACCの算定が困難です。これにより、EVAの数値自体が信頼に足るものにならない可能性があります。
中堅のファミリービジネスなどで、資金調達がすべて親族からの出資や銀行借入に依存している場合、市場価格に基づく資本コストを仮定するのは現実的ではなく、かえって曖昧な評価結果を招いてしまいます。
そのため、非上場企業では資本コストの見積もりが合理的でない限り、EVAの導入には慎重な判断が必要です。
7.EVAをはじめとしたバリュエーション業務にお悩みの方は辻・本郷 FAS株式会社へご相談を
EVAは企業価値を資本コストの視点から評価する強力な指標ですが、導入・運用には高度な財務知識と分析ノウハウが求められます。
資本コストの算出や事業別EVAの評価、ROICやWACCとの整合性など、社内の経理・財務部門だけで適切に対応するのは難しいケースも少なくありません。
例として、EVAの計算式を以下に記載します。
※EVA(Economic Value Added/経済的付加価値)の計算式は、主に以下の2つの形で表されます。
• EVA = NOPAT −(WACC × 投下資本)
• EVA = 投下資本 ×(ROIC − WACC)
それぞれの用語の意味は以下の通りです。
• NOPAT(税引後営業利益):営業利益から法人税を差し引いた利益。
• WACC(加重平均資本コスト):株主資本と負債にかかる平均的な資本コスト。
• 投下資本:企業が事業に投じた資本(有利子負債+株主資本など)。
• ROIC(投下資本利益率):NOPAT ÷ 投下資本。
このように、EVAは企業が資本コストを上回る価値をどれだけ創出したかを示す便利な指標ですが、やや計算が煩雑になるため、専門家の力を借りることで、より適切な利活用につながります。
また、EVAは単なる業績評価にとどまらず、事業の再編・撤退判断や投資戦略の意思決定、企業価値算定(バリュエーション)などにも深く関わります。
そのため、「EVAを導入したいが、何から始めればよいか分からない」「社内で資本コストを明示的に使う文化をどう築けばいいのか不安」「M&Aや投資判断に活用したいが、計算や解釈が難しい」といった悩みをお持ちの経営者の方も多いのではないでしょうか。
こうした複雑な財務評価・経営分析を総合的にサポートしているのが、辻・本郷 FAS株式会社です。
辻・本郷グループのネットワークと実務経験を活かし、EVAを含む企業価値評価(DCF法、類似会社比較法、収益還元法など)や、資本コストを織り込んだ戦略立案支援まで、貴社の実情に合わせた伴走型の支援をご提供いたします。
また、辻・本郷 FAS株式会社では、上場企業から非上場企業、スタートアップに至るまで、さまざまな業種・規模のバリュエーション業務をはじめとしたPPA、PMI、組織再編コンサルティング、事業再生コンサルティング、買収監査(デューデリジェンス)などのトータルサポートを行っています。
バリュエーションや経営指標の導入に少しでも不安を感じたら、ぜひ一度、私たち専門家にご相談ください。
8.まとめ
EVA(経済的付加価値)は、資本コストという「見えづらい費用」を明示的に評価に組み込むことで、企業価値の本質に迫ることができる重要な指標です。
短期的、長期的な業績評価はもちろん、投資判断や事業撤退の基準としても有効であり、株主価値向上や資本効率の改善を目指す経営者にとって、導入する価値は十分にあります。
一方で、EVAには導入・運用の難しさや、長期的な投資判断との相性といった課題もあるため、他の指標(ROE・ROIC・EBITDA等)との適切な使い分けが求められます。
もし、自社にとってEVAが本当に適した評価指標なのか、またどのように導入すべきか迷っている場合は、専門家の知見を活用することが賢明です。
企業価値評価や資本政策のパートナーとして、辻・本郷 FAS株式会社が皆様の力になります。
