
経営者保証は、中小企業やスタートアップの資金調達において避けて通れないテーマの一つです。企業の資金調達を円滑にする信用力の源泉となる一方、万が一事業が計画通りに進まなかった場合、経営者個人の資産にまでリスクが及ぶ非常に重い制度でもあります。
「融資を受けるならば経営者保証は避けられない」と考える経営者は多いですが、実際はそうではありません。近年は保証なし融資という選択肢も広がっています。実際に、当社が資金調達を支援した案件(2024年9月〜2025年9月)においても、経営者保証なしでの融資実現率は決して低くありません。
| 当社の支援実績(2024年9月〜2025年9月) | ||
| 融資元 | 資金調達支援件数 | 経営者保証なしで資金調達の割合 |
| 日本政策金融公庫から | 約600件 | 約75%程度 |
| 民間金融機関から | 約300件 | 約20%程度 |
※75%と20%の差について:日本政策金融公庫は20年以上前から保証不要の融資制度があり、保証なし融資が一般的になっています。一方、民間金融機関の保証不要制度は2023年開始のため、まだ浸透途上にあります。(2025年11月現在)
このように経営者保証なしでの融資も十分に実現可能ですが、だからといって「経営者保証は不要」と一概に言えるわけでもありません。本記事では、経営者保証のメリットとデメリットを整理した上で、事業ステージに応じた判断の視点を解説します。思い切った事業展開、円滑な事業承継などの経営の自由度を守るために、制度の両面を理解しましょう。
目次
1.経営者保証のメリット
経営者保証には、企業の信用力を補完し、資金調達の実現性を高める効果があります。特に創業期や実績が乏しい段階では、経営者個人の信用が企業の信用を補う重要なカギとなります。具体的なメリットを、3つの観点から解説します。
1-1.創業初期でも金融機関から融資を受けやすくなる
経営者保証は、創業間もない企業にとって融資の確度を上げるための有力な手段です。保証の有無が融資の判断に直接影響することはありませんが、以下の2つの点から金融機関の判断材料となり、融資の実現性を高める可能性があります。
金融機関の貸し倒れリスクを軽減できる
金融機関は、財務諸表などの企業情報だけでは債務の回収可能性を判断しにくいものです。経営者個人が連帯保証人となることで、個人の信用や資産が企業の債務を補完するため、融資の検討に入りやすくなります。
事業へのコミットメントを証明できる
経営者保証は、経営者が事業に対して私財を投じてでも債務を履行するという強い覚悟の表れと見なされます。この事業へのコミットメントもまた、金融機関の重要な判断材料の一つとなります。
1-2.金利や融資条件が優遇される可能性がある
経営者保証は、融資の可否だけでなく、金利・融資額・融資期間といった条件にも影響します。無保証の場合と比べて、具体的にどのような条件が有利なになり得るのか、以下の表にまとめました。
主な優遇項目と得られるメリット
| 優遇項目 | 経営者保証による効果 | メリット |
|---|---|---|
| 金利 | 無保証融資で上乗せされるリスクプレミアム(金利)が回避される 金利差の目安は年0.1%〜0.3%程度(※1) | 長期的な返済コストを抑制できる |
| 融資額 | 回収可能性の向上により、貸出限度額が柔軟に判断されやすい | 希望額での融資が通りやすくなる |
| 融資期間 | 債権保全の確実性が増し、長期融資も検討されやすい | 月々の返済負担が軽くなる キャッシュフローに余裕が生まれる |
(※1)金利差の目安について
金利差の数値(年0.1〜0.3%程度)は一律に適用されるものではなく、あくまで目安です。これは、公的な保証なし融資制度(例:日本政策金融公庫の「経営者保証免除特例制度」)において、保証がないことによって上乗せされるリスクコストを根拠としています。
出典: 日本政策金融公庫 経営者保証免除特例制度
このように、経営者保証の提供が信用力を高め、融資条件の柔軟性を引き出すことで、事業の自由度やチャレンジの幅が広がるケースもあります。
1-3.融資の審査スピードや通過率が高まる可能性がある
経営者保証は、金融機関の審査プロセスにおいて、時間的な効率性と確実性を高める効果も持ちます。
審査スピードの向上
経営者保証が提供されていれば、金融機関のリスク分析の工数が減り、審査期間が短縮される可能性があります。
融資成功の確実性向上(通過率)
金融機関は最終的な「可否」判断においても、より積極的な姿勢を取りやすくなります。結果として融資の通過率の向上に直結し、資金調達の確実性を高めます。
このように資金調達の確実性が高まることで、設備投資や人材採用といった重要な意思決定を迅速かつ確信を持って進められ、事業の機動力を高めます。
ここまで経営者保証のメリットを見てきましたが、経営者保証の有無が融資の成否を決めるわけではないという点が重要です。融資審査で懸念があるとすれば、その多くは事業計画そのものに改善の余地があるケースです。事業の本質的な価値や返済能力を高めることが、最も確実な資金調達の道筋であり、経営者保証はあくまで信用を補完する手段の一つです。
2.経営者保証のデメリット
経営者保証は資金調達を後押しする一方、経営者個人に大きな責任とリスクを課す非常に重たい制度でもあります。デメリットについても順に確認していきましょう。
2-1.返済困難な場合、経営者個人が返済義務を負う
経営者保証とは、経営者が企業の債務に対して連帯保証人となることを指します。そのため、返済不能に陥った場合、金融機関からの債務履行の請求先は経営者個人へと移ります。
この最も直接的かつ過酷なリスクは、法人と個人の経済的な境界線を曖昧にし、以下のような悲劇的な状況を招くことになります。
残債務の全額一括返済を請求される
企業の資産状況に関わらず、直ちに経営者個人として残債務の全額一括返済を請求されます。
個人の全財産を返済に充てなければならない
預貯金や自家用車、投資用不動産、そして居住用の自宅など、個人の全財産が毀損リスクにさらされます。
経済的な再起が困難になる
倒産後に多額の個人債務が残ることで、自己破産を余儀なくされるケースもあります。法的整理を避けられたとしても、債務返済の負担が長期にわたり続くため、経済的再起は容易ではありません。
2-2.精神的負担が大きく、前向きな経営判断の足枷になる
経営者保証がもたらす最大のデメリットとも言えるのは、「事業に失敗すれば私財をすべて失うかもしれない」というプレッシャーが、経営の自由度を損なうことです。
単なる心理的重圧の問題ではなく、企業の挑戦・撤退・変革といった意思決定そのものに深刻な影響を及ぼすのです。
| 経営者保証が経営判断に与える影響 |
| ・前向きな挑戦よりリスク回避の比重が大きくなり、市場の変化に対応できず成長機会を逃す ・顧客、株主、従業員よりも金融機関への返済が最優先になり、本来の経営判断が歪む ・返済を続けることに縛られ、不採算事業から撤退すべきタイミングを逃す ・事業再生の早期判断が遅れ、傷口が広がり回復困難になる |
近年、経営者保証に依存しない融資が国を挙げて推進されていますが、これはまさに経営判断の硬直化・成長阻害が、制度の深刻な課題であると認識されているからです。
2-3.事業承継やM&A時の障壁となる
経営者保証は、事業承継やM&Aといった出口戦略の障壁にもなります。経営者個人の保証責任が後継者や買い手に引き継がれることで、以下のような問題が発生し、事業の円滑な引き継ぎに影響します。
| 障壁となるシーン | 経営者保証が障壁となる理由 | 最終的なリスク |
| 事業承継時 | 現経営者の保証解除と引き換えに、後継者に新たな個人保証を求められる | 後継者が承継を躊躇、拒否 |
| M&A時 | 買い手から保証解除を希望されるが、金融機関が難色を示すことがある | 交渉の長期化、破談 |
本来、事業承継やM&Aは企業の収益性や成長性によって評価されるものです。しかし、本来の価値とは無関係な「個人債務」が円滑な事業の引継ぎを妨げることも、経営者保証のデメリットです。
3.【ケース別】経営者保証の是非:優先事項と判断軸
ここまでメリット・デメリットを整理した通り、経営者保証は「つけるべき/避けるべき」の二者択一で語れる制度ではありません。
また、融資相談の最初に経営者保証の有無を決めなければならないわけでもありません。金融機関との相談を通じて、事業計画や財務状況などの条件を見ながら柔軟に判断できるものです。だからこそ、その時に適切な判断ができるよう、あらかじめ判断軸を理解しておくことが重要です。
では、どのような判断軸で経営者保証の必要性を考えればよいのか?
メリット・デメリットを天秤にかけた時、自社にとって最適な選択肢は結局何なのか?
本章では、優先事項や判断軸をケース別に整理します。
経営者保証の是非を判断する上での優先事項や基本方針は、事業ステージ・財務状況・今後の事業計画などによって異なります。
【ケース別】経営者保証の考え方
| ケース | 最優先事項 | 基本方針・判断軸 |
|---|---|---|
| 起業・創業期 | 資金調達の実現 | 信用補完として必要なら許容し融資確度を上げる。保証なし融資の可能性も並行して模索。 |
| 事業拡大・成長期 (新規融資の検討) | 経営の自由度確保 | 事業計画と財務状況を根拠に、原則として保証なしを目指し交渉する。 |
| 事業安定期 (既存融資の見直し) | 経営者個人リスクの最小化 | 業績改善や財務健全化を根拠に既存保証の解除を積極的に交渉する。 |
| 事業継承・M &Aの準備期 | 円滑な事業引き継ぎ | 保証が引継ぎの妨げにならないよう、早期に解除に向けた交渉を開始する。 |
事業ステージ別の判断基準について、もう少し詳しく見ていきましょう。
3-1.起業・創業期
実績が不十分な創業初期に融資の可能性が広がるのであれば、経営者保証を選択することも合理的な判断です。一方、自己資金や事業計画の確実性によっては、保証なしの融資が通る可能性も十分にあります。「創業初期だから避けられない」と決めつけず、両方の選択肢を比較検討し判断しましょう。
3-2.事業拡大・成長期(新規融資の検討)
実績が蓄積され、さらなる成長のために新規融資を検討する段階であれば、今後の経営の自由度確保が最優先事項です。将来の事業展開への影響を考慮し、原則として経営者保証なしでの融資を目指しましょう。財務状況と事業計画を根拠に、金融機関と交渉できます。
3-3.事業安定期(既存融資の見直し)
業績改善や財務健全化が進んだこの時期は、既存融資に付された経営者保証を見直す好機です。これは、経営者個人リスクの最小化を実現し、法人と個人の曖昧な境界を打破する重要なステップとなります。改善された財務状況を根拠に、保証解除や条件変更を積極的に交渉しましょう。
3-4.事業承継・M&Aの準備期
事業の引継ぎを検討する段階では、円滑な事業引き継ぎの実現が最重要事項となります。保証が残ったままでは、後継者やM&A先が見つかりにくく、引継ぎの妨げとなる可能性が高まります。円滑な引継ぎ実現のため、保証解除を目指し、早期に金融機関との交渉を開始しましょう。
【参考】経営者保証の見直しや解除に関わる制度
一定の要件を満たす企業であれば、制度を活用して保証解除の交渉を有利に進められる可能性があります。詳しくは専門家や金融機関にご相談ください。
経営者保証に関するガイドライン
要件を満たす企業について、保証の必要性を改めて検討することや、既存保証の見直しを求めることができる仕組み▶︎経営者保証に関するガイドラインについて(全国銀行協会)
経営者保証改革プログラム
事業承継時や新規融資時における経営者保証の解除を支援するプログラム。保証を求めない融資の拡大に向けた各種施策を提供。▶︎経営者保証改革プログラムについて(中小企業庁)
4.まとめ
メリット・デメリットを読み解く上で重要なのは、経営者保証を「背負わされるもの」ではなく、戦略的に選ぶ選択肢のひとつとして捉えることです。国も保証に依存しない融資を後押ししており、今はつける/つけない/途中で外すといった判断ができる時代になっています。
実際の融資審査において、経営者保証の有無そのものが決定打となるケースはほとんど無いのが実情です。最も問われるのは、やはり事業そのものの価値や、計画の妥当性です。
経営の本質は、リスクを理解したうえで、成長に向けて挑戦し続けること。経営者保証制度の仕組みや選択肢を知っておくことは、そうした前向きな経営姿勢を支える土台になります。
「経営者保証をつけるかどうか」だけに意識を向けすぎるのではなく、事業の目的を実現するために、どの選択が最適かを見極めていくことが大切です。迷ったときは、融資や事業承継に詳しい専門家に相談しながら、適切な判断を重ねていきましょう。
