
家事按分は、個人事業主の税務調査においてよくチェックされるポイントのひとつですが、自宅兼事務所の家賃や光熱費など、プライベートと仕事の両方に関わった費用をどのように分けるべきか悩む方も多いでしょう。本記事では家事按分についてや、税務調査で否認されやすい按分のパターン、具体的な対策などについて解説します。
目次
1.家事按分とは
家事按分とは、事業とプライベートの両方に関わる支出について、一定の割合で事業分の費用だけ算出する処理のことです。原則として所得税の確定申告をする個人事業主について適用されます。純粋なプライベート上の支出である「家事費」は経費にできませんが、事業との関連性がある「家事関連費」は事業使用部分を按分して経費計上できます。家事按分の対象となりやすい支出の代表的なものとしては以下が挙げられます。
1-1.住居費
自宅の一部を事務所として使用している場合、家賃や固定資産税などの住居費は家事按分の対象となります。
住居費の場合は、事業スペースの面積比率が按分の基準となります。
例えば、80㎡の住居のうち20㎡を事業専用スペースとして使用している場合、家賃の25%を事業経費として計上できます。
1-2.水道光熱費
水道代、電気代、ガス代などの水道光熱費も家事按分の対象です。
按分方法としては、労働時間をベースにすることが一般的ですが、より精緻な計算を行いたい場合は、業務用機器の消費電力から算出することも可能です。
例えば、パソコンやプリンターなど業務用機器の消費電力を調べ、1日の使用時間を掛け合わせて計算する方法などがあります。特に消費電力の大きい機器を使用している場合は、詳細な計算を行って管理していると税務調査でも説得力を持ちます。
1-3.通信費
携帯電話料金やインターネット料金などの通信費も、業務とプライベートの両方で利用するケースが多いため、家事按分の対象となりえます。
通信費の按分方法としては、通話明細や通信量の記録に基づいて計算するのが理想的です。
例えば、月間の通話時間や通話先を記録し、業務関連の通話時間比率を算出します。
インターネット料金については、業務使用の時間帯や使用量を記録することで、按分の根拠にすることができます。ただし、これらの記録を常に取ることは現実的ではない場合もあるため、業務使用の実態に合わせた合理的な按分率を設定することも認められています。
1-4.車両関連費
自家用車を業務にも使用している場合、ガソリン代、車検費用、自動車保険料、減価償却費などの車両関連費も家事按分の対象となります。
車両費の按分には、業務使用の走行距離の割合を用いるのが最も一般的です。
例えば、年間走行距離10,000kmのうち、業務使用が6,000kmであれば、車両関連費の60%を経費として計上できます。
2.家事按分は税務調査でチェックされやすい
家事按分は個人事業主の税務調査においてチェックされやすい項目の一つです。なぜなら、納税者が恣意的に按分率を操作して経費を過大計上する可能性があるからです。
税務調査では、申告内容に不自然な点がないかがチェックされます。例えば、事業の実態に合わない過大な経費計上が行われた場合や、前年と比べて急に家事按分率が変わった場合などは、調査のターゲットになりやすいでしょう。
個人事業主はプライベートと事業の境界が曖昧になりがちなため、税務調査での家事関連費の否認は最も多い指摘事項の一つといわれています。そのため、後述するように適切な按分比率の設定と、それを裏付ける証拠資料の整備が非常に重要となります。
3.税務調査で否認されやすい家事按分のパターン
税務調査において否認されやすい家事按分のパターンについて、ここではご紹介します。これらを事前に理解しておくことで、否認のリスクを大幅に減らすことができます。
3-1.按分比率に合理的な根拠がない
税務調査で最も否認されやすいのは、按分比率に合理的な根拠がないケースです。単に「50%」「70%」などと設定していたとしても、その比率が実態と合っていないと判断されると否認されてしまうおそれがあります。按分比率は、客観的な証拠に基づいて設定する必要があります。
3-1-1.業務使用の実態と乖離がある
按分比率が業務使用の実態と大きく乖離していると、税務調査で否認される可能性が非常に高くなります。
例えば、自宅の一部を事務所として使用している場合に、実際には全体の10%程度しか業務に使用していないにもかかわらず、家賃の50%を経費計上しているようなケースです。
このような場合、調査官は実際の業務スペースの状況を確認し、按分比率の妥当性を判断します。実態と乖離した按分比率と調査で指摘されると、否認されるだけでなく、他の経費についても詳細な調査が行われるきっかけとなりかねません。
3-1-2.一律で固定比率を毎年使い続けている
業務の実態が変化しているにもかかわらず毎年同じ按分比率を使い続けているケースも、調査で否認されやすいパターンです。
例えば、事業規模が拡大または縮小したり、在宅勤務の頻度が変わったりした場合には、それに応じて按分比率も見直した方がよいでしょう。
事業環境や業務形態の変化があった年度でも前年と全く同じ按分比率を適用していると、調査官から疑問視される可能性が高くなります。
3-1-3.按分比率が急に大きく変化している
按分比率が前年度と比較して急激に変化している場合も、税務調査で注目されやすくなります。
例えば、前年まで家賃の30%を経費計上していたにもかかわらず、突然70%に変更した場合などです。
その変更に明確で合理的な理由や証拠がなければ、調査官は「実態と合っていないのではないか」と疑念を抱きやすくなります。そのため、按分比率を変更する際には、業務スペースの増減や在宅勤務状況の変化など、客観的な事実や記録を伴った説明ができるようにしておく必要があります。
3-2.記録・証拠が整っていない
按分比率に合理的な根拠があったとしても、それを証明する記録や証拠が整っていなければ、税務調査で否認されるリスクが高まります。家事按分を行う際には、その根拠となる記録を日頃から残しておくことが非常に重要です。
3-2-1.業務日誌やログの未整備
業務使用の実態を示す業務日誌やログが整備されていなければ、按分比率の妥当性を証明することは難しいでしょう。
例えば、車両費の按分では運行日誌(業務で使用した日時、目的地、走行距離などを記録したもの)が重要な証拠となります。同様に、通信費の按分では、業務関連の通話や通信の記録が業務利用の証拠となります。
これらの記録がなく、単に「感覚的に60%くらい業務で使っている」という説明は、税務調査では通用しません。
3-2-2.レシート・請求書の管理不備
経費のレシートや請求書が適切に管理されていないケースも、家事按分が税務調査で否認されるリスクを高めます。
経費の支払いを証明する基本的な証拠書類がなければ、そもそも経費として認められない可能性もあります。
なお、レシートや請求書には、可能な限り業務関連である旨のメモを記載しておくことが望ましいでしょう。
例えば、飲食代のレシートには「クライアントAとの打ち合わせ」など、業務との関連性を示すメモを残しておくと、後々の税務調査でも説明がしやすくなります。
4.家事按分の否認によって発生するリスク
家事按分が税務調査で否認されると、以下のようなリスクが発生するおそれがあります。
4-1.追徴課税を課される
納税額の誤りや不足、申告漏れがあった場合は、追徴課税が発生します。否認された経費分について所得税や消費税が追加で課税され、さらに延滞税も加算されます。例えば、年間50万円の経費が否認された場合、所得税率を20%と仮定すると、10万円の追徴課税に加え、延滞税も請求されることになります。
また、重大な問題があると判断された場合は過少申告加算税(10%〜15%)、意図的な脱税と判断されれば、さらに重い重加算税(最大40%)が課される可能性もあります。
4-2.より詳細な調査をされる可能性がある
さらに、税務調査で一部の家事按分に問題が見つかると、他の経費についても詳細な調査が行われる可能性があります。これにより調査期間が長期化し、本来の業務に支障をきたすという間接的なリスクも発生するおそれがあります。
また、過去の申告について遡って調査される可能性もあるでしょう。
税務調査での否認は、将来的な税務リスクの増大にもつながります。一度問題があると判断されると、その後も税務調査の対象に挙げられやすくなるからです。
適切な家事按分を行い、必要な証拠を残しておくことは、これらのリスクを回避するために非常に重要です。
5.家事按分を税務調査で指摘されないためのポイント
税務調査で家事按分について指摘を受けないためには、事前の準備と正確な記録が不可欠です。ここでは、税務調査で指摘されないための家事按分のポイントを解説します。
5-1.合理的な家事按分を行う
調査で指摘されないためには、まず合理的な家事按分を行うことが基本です。実際の業務使用実態に即した按分比率を設定するようにしましょう。
5-1-1.客観的な根拠に基づく比率を設定する
家事按分の比率は、客観的に説明可能な根拠に基づいて設定することが重要です。
例えば、自宅兼事務所の住宅費においては、事業専用スペースの面積比率を用いるのが最も客観的な按分となります。100㎡の住居のうち、事業専用に30㎡を使用している場合、妥当な按分比率は30%です。
また、面積だけでなく、使用時間の比率によって按分することもできます。40㎡のリビングを平日9時から17時までの8時間(週40時間)事業用として使用し、それ以外の時間(週128時間)はプライベートで使用している場合は、時間比率では約24%が事業使用となる、と計算できます。
いずれの根拠を用いるにせよ、税務調査官が理解できる客観的な算出方法を採用することが大切です。感覚的な比率設定は避け、「なぜこの比率なのか」を論理的に説明できるようにしておきましょう。
5-1-2.経費ごとに業務利用割合を明確にする
すべての家事関連費に同じ按分比率を適用するのではなく、経費の種類ごとに適切な按分比率を設定することが望ましいです。
例えば、自宅兼事務所の場合でも、家賃は面積比で按分し、電気代は使用機器の消費電力と稼働時間から按分するなど、経費の性質に応じた按分方法を採用しましょう。
また、3-1-2でも述べたように、業務の実態に合わせて按分比率を適宜見直すことも重要です。業務環境の変化に応じて按分比率を調整することで、より実態に即した経費計上が可能になります。
5-2.家事按分の妥当性を証明する記録を残す
日頃から家事按分の妥当性を証明する記録を残すことも重要です。合理的な按分比率を設定しても、それを裏付ける証拠がなければ税務調査で否認されるリスクがあります。
5-2-1.使用実態を裏付ける日々の記録を残す
業務使用の実態を裏付けるためにも、日常的に記録をつける習慣を身につけましょう。
例えば車両費の按分なら、3-2-1でも触れたように運行日誌を作成し、「いつ・どこへ・何の目的で・何km走行したか」を記録します。この記録は手書きのノートでも、スマートフォンのアプリでも構いません。継続的に記録することがポイントとなります。
また、水道光熱費の場合であれば、業務で使用する機器の消費電力と使用時間を記録しておくと良いでしょう。「パソコン(100W)を1日8時間、プリンター(50W)を1日2時間使用」といった記録があれば、消費電力量の計算が可能になります。
5-2-2.按分比率を示す算定資料を用意する
税務調査に備えて、按分比率の算定根拠を示す資料を用意しておくことが重要です。
例えば、自宅兼事務所の家賃按分なら、住居の間取り図に事業専用スペースを明示し、面積計算書を添付します。可能であれば実際の事業スペースの写真も残しておくと、より説得力が増すでしょう。
また、通信費・インターネット料金の按分では、業務使用の時間帯や使用量の記録から算出した比率の計算過程を示す資料が役立ちます。
5-2-3.証拠となる書類を整理しておく
家事按分の根拠となる証拠書類を体系的に整理しておくようにしましょう。
証拠書類は、電子データと紙の両方で保管しておくと安心です。特に電子データについては、定期的にバックアップを取ることをお勧めします。税務調査は申告から数年後に行われることもあるため、少なくとも7年間は証拠書類を保管しておくことが望ましいでしょう。
6.家事按分において気を付けるべき注意点
家事按分を適切に行うために押さえておきたい注意点についても把握しておきましょう。これらのポイントに気を配ることも、税務調査でのリスクを減らすことにつながります。
6-1.家族名義の費用を経費計上していないか
家事按分を行う際は、事業主本人の家族の名義によるプライベートな費用を事業経費として計上していないか確認することも大切です。
例えば、配偶者名義の携帯電話料金や、子供名義のインターネット契約など、明らかに家族個人が使用しているものを事業経費として計上すると、税務調査で否認される可能性が高くなります。これは家族を従業員として雇用している場合も同様です。
特に注意が必要なのは、家族名義のクレジットカードでの支払いです。事業主本人の事業に関連する支出であっても、家族名義のカードで支払った場合は、その経費性を証明するための証拠が追加で必要となる可能性があります。可能な限り、事業用の支払いは事業主本人名義のカードや口座から行うようにしましょう。
6-2.業務利用の実態があり客観的に証明可能か
家事按分において重要なのは、業務利用の実態が客観的に証明できる状態にあるかという点です。この証明に不備があると、税務調査で否認されるリスクが高まります。
例えば、自宅兼事務所で「事業専用スペース」と称していても、実際にはリビングの一角にデスクを置いているだけで家族も同じスペースを日常的に使用している場合は、純粋な事業専用スペースとは認められない可能性があります。
事業専用スペースとして按分するなら、そのスペースが実際に事業専用である証拠(物理的な区切りがある、業務専用機器が設置されているなど)が必要です。
6-3.他人の事例をそのまま流用していないか
インターネットや書籍などで紹介されている家事按分の事例や比率を、自分の状況を考慮せずにそのまま流用することは避けましょう。
家事按分の比率は、業種や事業規模、働き方などによって大きく異なります。
例えば、同じフリーランスでも、クライアントのオフィスに常駐している人と自宅で作業することが多い人では、自宅の家事按分比率は当然異なるでしょう。自身の業務実態を考慮せずにその比率を採用すると、税務調査で否認されるおそれがあります。
7.家事按分や税務調査について不安がある場合は税理士へ相談しよう
家事按分の適切な処理や税務調査対策に不安がある場合は、専門家である税理士に相談することをおすすめします。
税理士は税法に関する専門的な知識を持ち、多くの納税者の事例を見てきた経験があります。そのため、あなたの事業形態や働き方に合った最適な家事按分の方法をアドバイスしてくれるでしょう。
特に、初めて確定申告を行う方や、事業規模が拡大して経費の種類が増えた方、過去に税務調査で指摘を受けた経験がある方は、税理士のサポートを受けることで安心感が大きく向上します。税理士に相談することで得られるメリットは以下の通りです。
・適切な家事按分の方法と比率についてアドバイスをしてもらえる
・経費の証憑類の整理や記録の付け方についてアドバイスをしてもらえる
・事業形態に応じた節税対策を提案してくれる
・税務調査が入った場合に立会って、調査官への対応をサポートしてくれる
・最新の税制改正や判例に基づいた適切なアドバイスを受けられる
税理士への相談費用は事業経費として計上できるため、税務リスクの軽減というメリットを考えれば十分に価値のある投資といえるでしょう。初回相談は無料で対応している税理士事務所も多いので、まずは気軽に相談してみることをおすすめします。
8.まとめ
本記事では家事按分について、否認されやすい家事按分のパターンや税務調査で指摘されないためのポイントなどを解説しました。家事按分は、適切な根拠と証拠がなければ税務調査で否認され、追徴課税などのリスクが生じる可能性があります。
適切な家事按分を行うためには、実際の業務使用実態に基づいた合理的な按分比率を設定し、それを裏付ける証拠を日頃から残しておくことが重要です。
家事按分や税務調査について不安がある場合は、税理士に早めに相談することをおすすめします。適切な家事按分に関する知識とサポートを受けて、安心して事業に集中できる環境を整えましょう。

