マルチプル法のメリット・デメリット|他の手法との比較表付き

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監修者 山田翔吾

企業価値を評価する場面で、よく用いられる手法のひとつが「マルチプル法」です。

上場企業のM&Aやスタートアップの資金調達、さらには中小企業の事業承継まで、幅広い場面で活用されています。

マルチプル法は簡単で便利と言われる一方で、使い方を誤ると企業価値を大きく見誤るリスクもあります。

そのため、メリットとデメリットの両面を正しく理解しておくことが、正確な評価のためには重要となります。

この記事では、マルチプル法のメリットとデメリットや、他の評価手法との違いなどを解説します。記事を読むことで、マルチプル法の使いどころを明確に理解し、自社の価値算定や経営判断に活かすための基礎が身につきます。ぜひ、ご一読ください。

マルチプル法と他の主なバリュエーション算定手法の主なメリット・デメリットに基づいた比較表

評価項目マルチプル法DCF法配当還元法市場株価法類似取引比較法簿価純資産法時価純資産法
計算の簡便さ
評価の客観性
将来性の反映度×
算定するための情報の得やすさ△ 
評価結果の安定性

※各手法の比較結果はケースによります。


1.マルチプル法の主な5つのメリット

マルチプル法は、実務の現場で最も頻繁に用いられる企業価値評価(バリュエーション)手法のひとつです。その理由は、「速い・簡単・比較できる」といったわかりやすい強みを同時に備えている点にあります。

DCF法のように複雑な仮定や予測を必要とせず、既に市場で評価されている企業の指標をもとに、短時間で合理的な評価を行うことができます。

この章では、マルチプル法が実務で重宝される5つの主要なメリットについて、順に解説します。

マルチプル法と他の主なバリュエーション算定手法のメリットに基づいた比較一覧表

評価項目マルチプル法DCF法配当還元法市場株価法類似取引比較法簿価純資産法時価純資産法
1-1.計算の簡便さ
1-2.評価の客観性
1-3.将来性の反映度×
1-4.非上場企業への適用性×
1-5.利用目的(M&A・初期評価など)初期スクリーニングに最適最終的な理論評価に有用安定配当企業限定で有用参考値として限定的に使用実際の取引レンジ把握に使用清算価値重視の場面で使用清算時・担保評価などで使用

※各手法の比較結果はケースによります。

1-1.他の手法と比べて計算がシンプルですぐに算出できる

マルチプル法の最大の利点は、計算の簡便さにあります。DCF法のような煩雑な将来予測を必要とせず、短時間で企業価値を算出できる点が評価されています。

DCF法では、数年先のキャッシュフローを予測し、割引率を設定して現在価値を計算する必要があります。この過程には多くの前提条件と主観が含まれ、作業も時間がかかります。一方、マルチプル法は「比較企業の指標 × 評価対象企業の数値」という単純な掛け算で済み、必要なデータも限られています。

例えば、同業上場企業のEV/EBITDA倍率が8倍で、自社のEBITDAが5億円であれば、企業価値は「8 × 5億円 = 40億円」と簡単に算出できます。このように、複雑な割引計算やシナリオ分析を行わずとも、おおまかな企業価値を把握できます。

したがって、マルチプル法は迅速に結果を出す必要がある初期段階の評価において、最も効率的で扱いやすい手法といえます。

1-2.相対的・客観的な評価ができる

マルチプル法は、市場が形成した評価を基礎にしており、他の手法に比べて客観性の高い企業価値を導き出せます。

DCF法のように将来の収益予測や割引率設定といった主観的判断に左右される要素が少なく、実際の株式市場における取引データを利用するためです。市場参加者全体の評価を反映できる点で、バランスの取れた指標になります。

例えば、同業他社のPER(株価収益率)が平均15倍であれば、これは「市場がその業界に対して15倍の収益価値を認めている」という意味になります。この倍率を自社の利益に乗じて評価すれば、個人の主観を排した「市場が見る自社の価値」を反映した結果を得ることができます。

つまり、マルチプル法は主観的判断を排除し、市場の集合知に基づく客観的な評価を実現する手法と言えます。

1-3.市場関係者の期待を反映できる(将来的な企業価値を算定できる)

マルチプル法は、現在の業績評価にとどまらず、市場が織り込む「将来の成長期待」までも反映できる点が大きな魅力です。

上場企業の株価やEV倍率には、投資家が予測する将来の収益性・成長性が含まれています。そのため、それをもとに算出するマルチプル法では、実質的に将来価値を加味した企業価値が得られます。

例えば、業界全体が今後拡大すると予想されているテクノロジー分野では、PERやEV/EBITDAが相対的に高く設定される傾向にあります。この倍率を用いれば、同業種の成長期待を含んだ評価が可能です。逆に成熟産業ではマルチプルが低下し、将来性の乏しさが評価に織り込まれます。

したがって、マルチプル法は「現状の数値に基づきつつ、市場の未来予測を反映できる」という点で、M&Aや投資の現場において、非常に実践的な評価手法となっています。

1-4.非上場企業の価値算定にも利用できる

マルチプル法は、株式市場で株価が形成されない非上場企業の価値を推定するための実用的な手法として高く評価されています。

非上場企業は市場で株価がつかないため、DCF法など理論モデルを使わない限り、客観的な企業価値を算定しづらいという課題があります。しかし、マルチプル法では「上場している類似企業」の指標を活用し、それを非上場企業に当てはめることで、市場に基づいた評価が可能になります。

例えば、ある地方の中小製造業がM&Aを検討しているとします。この企業に直接の市場データはありませんが、同業種・同規模の上場企業のEV/EBITDA倍率が6倍とわかれば、その倍率を参考に「自社EBITDA × 6倍」で概算の企業価値を算出できます。これにより、非上場企業でも市場評価に近い算定が可能となります。

このように、マルチプル法は上場・非上場を問わず使える汎用性の高さが特徴であり、スタートアップや中小企業の売却や株式譲渡、事業承継など、実務現場で幅広く活用されています。

1-5.初期評価・スクリーニングに適している

マルチプル法は、M&Aや投資判断の「初期フェーズ」で非常に役立つ手法です。迅速に概算の企業価値を把握できるため、複数の候補を比較する際のスクリーニングツールとして最適です。

DCF法のように詳細な予測やシナリオ分析を行うには多くの時間と労力が必要ですが、マルチプル法であれば必要な情報が限られており、比較的短期間で企業間の相対的な位置づけを把握できます。そのため、「本格的に検討すべき企業かどうか」を判断する入口として効率的です。

例えば、投資ファンドが10社の候補企業を検討している場合、それぞれのEV/EBITDA倍率やPERを基にマルチプル法で試算すれば、わずか数時間で相対的な企業価値を比較できます。その結果、上位数社に対象を絞り込み、次の段階でDCF法などの精緻な評価を行うという流れが一般的です。

このように、マルチプル法は「スピード重視の初期評価」において特に強みを発揮します。評価作業を効率化し、意思決定の初期段階で的確な判断を下したい場合に最適と言えます。


2.マルチプル法の主な6つのデメリット

マルチプル法は迅速かつ実務的な評価ができる一方で、市場の影響を強く受け、評価者の裁量や比較対象の選定に左右されるという不安定な側面を持ちます。したがって、精緻な企業分析を行いたい場合や、将来キャッシュフローを重視する局面では、DCF法などの他手法と併用することが現実的となります。

この章では、マルチプル法を実務で使う際に注意すべき6つの主なデメリットを詳しく解説します。

マルチプル法と他の主なバリュエーション算定手法のデメリットに基づいた比較一覧表

評価項目マルチプル法DCF法配当還元法市場株価法類似取引比較法簿価純資産法時価純資産法
2-1.算定するための情報の得やすさ△ 
2-2.主観の入りやすさ×
2-3.市場環境などによる影響△ ××
2-4.さまざまな企業への対応力
2-6.評価結果の安定性

※各手法の比較結果はケースによります。

2-1.類似企業選定が困難である

マルチプル法の最大の弱点は、「どの企業を比較対象に選ぶか」によって結果が大きく変わる点にあります。類似企業の選定は極めて難しく、評価者の裁量に依存しやすいのです。

同じ業種であっても、事業構造・規模・成長段階・地域性・財務体質は企業ごとに異なります。完全に一致する比較対象を見つけることはほぼ不可能であり、どの企業を「類似」とみなすかによって算出結果は大きく変わります。したがって、客観的に見えるマルチプル法も、実際には評価者の判断に左右される側面が強いのです。

例えば、同じ食品業界でも、輸出中心の大手メーカーと地域限定の中小企業では、利益構造やリスクの性質がまったく異なります。食品業界だから、と一括りにして比較してしまうと、実態に合わない倍率が適用されてしまい、過大・過小評価の原因となります。

したがって、類似企業の選定はマルチプル法の信頼性を左右する最重要なプロセスです。選定のプロセスによって、評価の客観性が変わるため、十分注意が必要です。

2-2.算定する人の恣意性が入りやすい

マルチプル法は一見客観的な手法に見えますが、実際には評価者の恣意性が入りやすく、結果を操作しようと思えば容易にできてしまうという問題を抱えています。

比較対象企業の選び方、マルチプル指標(PER・EV/EBITDAなど)の選択、さらには倍率の範囲(例えば8倍〜10倍のどこを採用するか)によって、企業価値は大きく変動します。評価者が「高く見せたい」「低く見せたい」という意図を持てば、その方向に誘導することが理論上可能です。

例えば、M&A交渉の場で売り手側のアドバイザーが高い価格を主張したい場合、成長性の高い企業を比較対象に含めてマルチプル倍率を高めに設定することがあります。逆に買い手側は保守的な比較企業を選定して、低めの倍率を採用することもあります。こうした調整で10〜20%以上の差が生まれることも珍しくありません。

このように、マルチプル法は「比較対象をどう選ぶか」で結果を恣意的にコントロールできるため、評価の透明性を保つには、選定根拠を明確にすることが欠かせません。

2-3.株式相場や市場環境に大きく左右される

マルチプル法の結果は、常に市場に左右されます。景気や投資家心理が変われば、同じ企業でも算定結果が大きく変動してしまいます。

マルチプル法で使用するPERやEV倍率は、上場企業の株価を基に算出されます。株価は金利動向、景気循環、為替、投資家のセンチメントなど外部要因に大きく影響されるため、企業の本来の価値とは乖離した動きを見せることがあるのです。

例えば、金融緩和期や株式市場のバブル期には、PERやEV倍率が過大に上昇し、マルチプル法で算出される企業価値も実態以上に膨らみます。逆に、景気後退期や暴落期には、利益構造が変わっていなくても評価が急落することもあります。

したがって、マルチプル法は「その時点の市場のコンディション」を反映するものであり、長期的・絶対的な企業価値を表すものではありません利用する際は、市場環境の偏りを十分に考慮する必要があります。

2-4.対象企業の固有の事情を反映しにくい

マルチプル法は、市場に基づいた相対評価であるため、評価対象企業の個別要因を十分に織り込めないという欠点があります。

なぜなら、マルチプル法は市場データを基準として「類似企業」と比較することで企業価値を算定する仕組みであるためです。このため、評価対象企業が他社と異なる独自のビジネスモデルや収益構造、成長ポテンシャルを持っていたとしても、それらは数値に反映されにくくなります。

例えば、同じ業界に属していても、研究開発投資を積極的に行う技術系スタートアップと、安定した収益を持つ老舗企業では、将来のキャッシュフローやリスク構造が大きく異なります。しかし、マルチプル法ではどちらも同じ業界倍率で評価されてしまうため、将来的な成長余地のある企業が「割安」と算出される可能性があります。

つまり、マルチプル法は効率的でわかりやすい一方で、企業固有の事情を軽視する構造的な限界があり、特に成長段階にある企業や独自性の強い事業には過小評価のリスクが伴います。

2-5.類似上場会社が存在しない場合には向かない

マルチプル法は、比較可能な上場企業が存在しない場合、適用そのものが困難になるという制約があります。

この手法は、「市場における同業他社の倍率(マルチプル)」を参照して企業価値を求める仕組みであり、その前提として比較対象企業のデータが必要不可欠であるためです。

もし評価対象企業が属する業界に上場企業が存在しない、あるいは規模や事業モデルが極端に異なる場合、倍率の抽出が成立しません。

例えば、地方で地域密着型の介護サービスを展開する企業や、特殊なBtoB領域の技術スタートアップなどでは、類似する上場企業を探すことが難しいケースがあります。このような場合、無理に倍率を適用すると実態から乖離した評価になってしまいます。

したがって、マルチプル法を用いる際には比較できる市場データが存在することが前提条件となり、対象企業がニッチな分野や未成熟市場に属する場合には、他の評価手法(DCF法や純資産法など)を併用する必要があります。

2-6.評価結果にブレが生じやすい

マルチプル法では、算出者による判断やデータの取り方によって、評価結果に大きなばらつきが出る点も不安定要素です。

なぜなら、この手法では「どの企業を比較対象にするか」「どのマルチプル指標を使うか」「どの時点のデータを採用するか」といった多くの判断が評価者に委ねられるため、分析者の主観が結果に影響しやすい構造を持っているためです。

同じ企業を評価しても、ある評価者はPER(株価収益率)を使い、別の評価者はEV/EBITDA倍率を使うかもしれません。また、比較対象として選んだ上場企業の範囲が異なれば、平均倍率も大きく変化します。その結果、同一企業であっても、評価額が10%単位でズレることも珍しくありません。

このように、マルチプル法は「手軽だが精度が揺らぎやすい」手法であるため、特に取引価格の根拠として利用する際には、複数の倍率を用いて検証するなどの工夫が求められます。


3.バリュエーションを算定する際、第二の手法としてマルチプル法を活用することがおすすめ

企業価値の算定では、DCF法を第一の評価軸とし、その整合性を検証するためにマルチプル法を第二の手法として併用することが最も効果的です。

DCF法は、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて算定するため、理論的に精緻であり、企業の将来性を最も正確に反映できます。しかし、将来予測や割引率の設定に評価者の主観が入りやすく、実務上は結果にブレが生じやすいという弱点があります。

このとき、マルチプル法を補助的に用いることで、市場データをもとにした相対的な現実感を加味し、DCF法の算定結果が市場感覚から乖離していないかを確認できます。つまり、マルチプル法は「理論値に対する市場の温度感を測る補助線」のような役割を果たします。

例えば、DCF法によってある企業の株式価値が1株あたり2,000円と算出されたとします。その結果を、同業他社のPER(株価収益率)やEV/EBITDA倍率から導かれるマルチプル法の算定結果と照合した際、もし市場平均が1,500円相当であれば、「DCF法の想定成長率が高すぎるのではないか」という再検証が可能になります。逆に、両者が近い水準に収まっていれば、DCFモデルの妥当性が裏付けられる形になります。

したがって、マルチプル法は単体での利用よりも、DCF法による理論値を現実の市場評価と突き合わせる際の、第二の検証軸として用いることが最も効果的です。これにより、企業価値の算定が主観や相場変動に偏らず、より信頼性と説得力のある結果に仕上がります。


4.企業価値評価の算出でお悩みの方は、辻・本郷 FAS株式会社へご相談を

企業価値の算定は、M&Aや事業承継、資金調達など、経営において極めて重要な意思決定の場面で必要となります。

しかし、実際に算定を行おうとすると、DCF法・マルチプル法・純資産価値法など複数の手法があり、どれを使うべきか判断に迷う方も多いのではないでしょうか。

また、数値上の評価だけでなく、業界の慣行、取引先との関係性、のれんやブランド価値といった無形資産まで含めて適切に反映するには、専門的な知見が欠かせません。

辻・本郷 FAS株式会社では、M&Aや事業承継に関する豊富な実績をもとに、企業価値・事業価値の算定をサポートしています。

経営者や後継者の立場に寄り添い、公正かつ実務に役立つ評価を提供いたします。

「自社の適正な価値を知りたい」「M&Aの交渉に備えて第三者の算定を依頼したい」とお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。


5.まとめ

マルチプル法は、市場データに基づいて企業価値を相対的に評価する手法です。その最大の特徴は、「比較企業の倍率を使って短時間で概算の企業価値を導き出せる」という点にあります。

DCF法のように将来キャッシュフローを予測したり、複雑な割引計算を行う必要がないため、初期段階のスクリーニングや交渉のたたき台として極めて有効です。

しかし一方で、評価の客観性が比較対象の選定や市場環境に大きく依存するという本質的な課題を抱えています。

市場が過熱していれば過大評価になり、不況期には過小評価になりやすく、また、評価対象企業の独自性を十分に反映できないという構造的な限界も存在します。

したがって、マルチプル法を用いる際には、以下のような姿勢が重要です。

・単独の評価手法としてではなく、DCF法や純資産法などと併用する補完的手段として活用すること。

・比較対象企業の選定基準を明確にし、評価プロセスの透明性を確保すること。

・市場状況の変化を常に意識し、定期的な見直しを行うこと。

マルチプル法は万能な企業価値の算定法であるとは言えません。短時間で市場の感覚をつかむには優れたツールですが、それに頼り切るのではなく、複数の評価軸を組み合わせて多面的に判断する姿勢が重要です。

説得力のある企業価値評価を実現したい方は、辻・本郷 FAS株式会社へご相談ください。