
政府が発行している事業承継に関する資料のひとつに「事業承継ガイドライン」があります。
中小企業庁により策定された資料で、事業承継のすすめ方や類型、財産の承継などの情報が詳細に解説されており、非常に充実した内容となっています。一方で、多くの部分が専門用語を交えた文章で解説されているため、読みにくさを感じる人も少なくないようです。
そんな「事業承継ガイドライン」ですが、中小企業庁のホームページから無料ダウンロードできる上に、国が策定した資料であり、情報の信頼性が高いというメリットがあります。ぜひ、活用したい資料だといえるでしょう。
「事業承継ガイドライン」は、その内容を把握し、ポイントを知っておくことで、格段に利用しやすくなるはずです。
本記事では、ポイントを絞って「事業承継ガイドライン」の内容を解説します。
目次
1.事業承継ガイドラインとは?
「事業承継ガイドライン」は、中小企業や小規模事業者の経営者を対象とした適切な事業承継を行うための手引書です。
1-1.事業承継ガイドラインは、プロも参考にする手引書
「事業承継ガイドライン」は、事業承継の専門家や士業もなどのプロも利用している資料です。
本ガイドラインは、国が発行しており、情報が正確、公平かつ、中立的な立場で解説されています。さらに、事業承継の全体像やポイントをつかむことができ、幅広いデータがまとめられているので、事業承継を考えている人とっても有益な資料といえるでしょう。
しかし、142ページものボリュームがある上に専門用語も多いため、読み通すためにはかなりの労力と時間が必要となります。
まずは、「事業承継ガイドライン」利用のポイントやメリットを把握することが、有効活用につながります。
1-2.事業承継ガイドライン策定の背景
日本経済で重要な存在である中小企業の円滑な事業承継を推進するための手引書として、「事業承継ガイドライン」策定されました。
日本における企業数のうち99.7%は、小規模企業を含む中小企業が占めています(2016年6月時点)。その一方で、経営者の高齢化や後継者の不在など将来的な不安や課題を抱え、廃業を選択せざるを得ない中小企業も少なくありません。
そんな現状を受け、中小企業の事業承継の課題を明らかにし、計画的な承継を推進するために策定されたのが「事業承継ガイドライン」です。
「事業承継ガイドライン」は、2006年に中小企業庁により策定され、2016年、2022年に改訂が行われました。2024年現在は、「事業承継ガイドライン(第3版)」が最新版となっています。
第3版では、早期から事業承継に取り組む重要性を提唱するとともに、親族内承継のほか、従業員承継や第三者承継(M&A)など多様化する事業承継の形にも対応しています。
なお、「事業承継ガイドライン」は、中小企業庁のホームページからダウンロードすることができます。
事業承継ガイドライン(第3版)|中小企業庁
2.事業承継ガイドライン利用のメリット
「事業承継ガイドライン」には、事業承継に関する幅広い情報が集約されており、以下のようなメリットが考えられます。
2-1.無料で信頼性が高い情報が得られる
「事業承継ガイドライン」は、経済産業省や中小企業庁のホームページから無料でダウンロードすることができます。
行政が作成した公的な資料である上に、作成・改訂に多くの有識者がかかわっていることから、中立かつ、信頼性が高い資料といえるでしょう。
2-2.事業承継の流れがつかめる
「事業承継ガイドライン」では、事業承継に必要な準備から計画の策定、実施までの流れが具体的に解説されています。
事業承継について「どこから手を付けていいかわからない」という人でも、後継者の選定や育成、経営状態の把握など、「まずは、やらなければいけないこと」が見えてくるのではないでしょうか。
2-3.事業承継の実態を把握することができる
「事業承継ガイドライン」の第一章では、中小企業庁や日本政策金融公庫などのさまざまな機関が調査した事業承継の実態に関するデータが集約されています。
事業承継について、主要なデータが集められているといっても過言ではないでしょう。
事業承継の適切な時期や状況は、それぞれの会社や個人で異なります。しかし、実際に事業承継が行われているタイミングや後継者候補の有無、廃業という選択肢などを知ることで、自社の事業承継の参考になるはずです。
2-4.事業承継の類型ごとの課題がわかる
「親族内承継」「従業員承継」「社外への引継ぎ(M&A)」など、類型ごとの課題や対応策について解説されています。
事業承継が進行中の方の参考になるのはもちろん、自社の事業承継の方向性に悩んでいる方にもに参考になりそうです。
2-5.円滑に財産を移転するための手法がわかる
「事業承継ガイドライン」では、財産の承継に対する課題を解決するヒントが得られます。
事業承継における財産の承継には、相続や遺留分の問題、それにまつわる株式の分散防止、経営者の引退後の生活資金など、さまざまな課題がつきものです。その対応策として、種類株式、信託、生命保険、持株会社の4つの手法について解説しています。
2-6.個人事業主の事業承継のポイントがわかる
「事業承継ガイドライン」では、会社とは別に個人事業主の事業承継に特化した章が設定されています。
個人事業主ならではの、注意点や事業承継のポイントを把握することが可能です。
2-7.中小企業の事業承継を支援する仕組みがわかる
「事業承継ガイドライン」では、1次対応の相談機関として、中小企業基盤整備機構が運営する事業承継・引継ぎ支援センターをはじめ、状況に応じた相談機関や適切な士業についてもまとめられています。
事業承継を考えても、実際にはどこから手を付ければいいのか、何をすればいいのかわからずに戸惑ってしまう人も多いかもしれません。
「事業承継ガイドライン」で、それぞれの相談先の役割や仕組みなどを知ることにより、まずは相談先を選定することで、事業承継の第一歩を踏み出すことができます。
2-8.事業承継の自己診断チェックができる
「事業承継ガイドライン」の巻末には、「事業承継自己診断チェックシート」が掲載されています。
事業承継を行うためには、まず自社や経営者自身の現状や考え方を整理することが必要です。
第一歩として、「事業承継自己診断チェックシート」で自己診断することにより、検討すべき点を整理することができます。
3.事業承継ガイドラインの内容
「事業承継ガイドライン」は、6つの章から構成されています。
おおまかな内容を紹介していきましょう。
第一章 事業承継の重要性
第二章 事業承継に向けた準備の進め方
第三章 事業承継の類型ごとの課題と対応策
第四章 事業承継の円滑化に資する手法
第五章 個人事業主の事業承継
第六章 中小企業の事業承継をサポートする仕組み
3-1.事業承継を早期に準備する重要性
「事業承継ガイドライン」の第一章では、中小企業の事業承継の現状を踏まえた計画的な取組の必要性とともに、基本的な知識・考え方を解説しています。
特に「事業承継ガイドライン」で繰り返し述べているのが、早期に事業承継に取り組む重要性です。
後継者を決めてから事業承継に必要な期間は、半数以上が3年以上かかっています。さらに10%以上が、10年を超える期間を要していることがわかります。
中小企業経営者の高齢化が進んでいる昨今、早期から事業承継の準備しておくことは重要だといえるでしょう。
3-2.事業承継に向けた準備
第二章は、事業承継に向けた準備のすすめ方に関する章です。
「事業承継に向けた5つのステップ」をベースに事業承継の準備の必要性を確認し、実際に事業承継を実行するまでを解説しています。
事業承継を行うにあたり、なんらかの課題を抱えている企業も少なくありません。
事例を交え、さまざまな課題を解決することで成功に導く準備をする章になっています。
3-3.事業承継の課題と対応策
第三章では、親族内承継、従業員承継、M&Aの3つの類型ごとの課題や対応策について解説しています。
「事業承継ガイドライン」のおよそ半分を占めており、中心となる章です。
事業承継は、選択する類型によって、事業承継を行う上で注意点や考慮すべき要素が異なります。
事業承継を行う場合は、検討している類型の特徴や注意点を踏まえ、必要に応じた準備や対策が必要となります。
いずれにせよ、早期に準備を始めることで選択肢が広がり、事業承継成功につながるといえるでしょう。
3-4.事業承継の円滑化に役立つ方法
円滑に財産を承継する手法として、「種類株式」「信託」「生命保険」「持株会社」の4つの方法を紹介しているのが第四章です。
想定される利用者 | 概要 | |
種類株式 | 会社 | 定款により種類ごとに異なる内容を定めた株式。 議決権を持たない無議決権株式や株式の譲渡に会社の承認が必要となる譲渡制限種類株式などがある。 |
信託 | 会社・個人事業主 | 信託契約を利用した財産の承継方法。 契約の設計により、経営者や後継者の希望に沿った財産の継承が可能。 |
生命保険 | 会社・個人事業主 | 事業承継時の税負担や経営者引退後の生活資金の確保対策などに有効。 |
持株会社 | 会社 | 後継者が設立した持株会社を利用して財産を承継する方法。 現経営者の手元に株式売却の資金が残るメリットがある。 |
それぞれの手法を理解し、最適な方法を単独、もしくは組み合わせて利用することで、スムーズな事業承継が可能となります。
3-5.個人事業主の事業承継
第五章は、個人事業主の事業承継について解説しています。
個人事業主の事業承継の課題は、法人が抱えるものとそれほど大きな差はありません。
ただし、顧客との契約や必要な許認可、事業用資産の所有権が経営者個人になっているケースが多くあります。
個人事業主の場合、特に資産に関しては、土地や建物が占める割合が多く、相続税や贈与税の対策が必要となります、また、相続により資産が分散したり、共有状態になる可能性もあります。
適切に承継するためには、相続対策など、早めに手を打っておくことが必要です。
3-6.事業承継をサポートする仕組み
第六章では、中小企業の事業承継をサポートする仕組みや相談先を紹介しています。
事業承継・引継ぎ支援センターのような専門支援機関のほか、商工会議所・商工会、税理士・弁護士などの士業等専門家など、事業承継の支援機関は多岐にわたります。
事業承継・引継ぎ支援センターを中心とする事業承継ネットワークが構築されつつあります。円滑な事業承継のためには、各専門機関が相互に連携を取ることの必要性を説いています。
また、税理士をはじめとする士業などの専門家から、金融機関、商工会議所・商工会、よろず支援拠点などの公的機関などの相談先の役割とともに、それぞれの特徴のほか、問い合わせ先もまとめられています。
「どこに相談していいかわからない」「何から手を付けていいかわからない」などの悩みの解決につながる章です。
4.事業承継ガイドライン利用のポイント
「事業承継ガイドライン」は、必要に応じて適切な情報を得るための参考書として活用することをおすすめします。
本ガイドラインでは、事業承継の準備から完了するまでの基本的な知識や流れ、注意点などが詳細に説明されています。
しかし、事業承継において、企業や個人によって抱えている事情や課題は、それぞれ異なるものです。個々のケースを解消するための対応や専門的な知識が網羅されているわけではないため、「事業承継ガイドライン」だけで事業承継を実施することは、現実的とはいえません。
たとえば、専門家の力を借りて事業承継をすすめている場合は、不安や疑問を感じたことを解消するための参考書として利用することが可能です。
「これから事業承継を考えているが、漠然としており、どこから手を付けていいかわからない」という場合には、事業承継の流れを把握するための参考書として、また相談先を検討したり、他社の事業承継の実態を知るために役立ちます。
「事業承継ガイドライン」の特徴を把握したうえで、必要な部分を選択して、活用するのが適切だといえるでしょう。
5.「事業承継ガイドライン」だけでは、理解が進まない場合は?
これまで申し上げてきた通り、「事業承継ガイドライン」は、情報量が多く、内容が充実しています。一方で、142ページものボリュームがある上に専門用語が多いため、「わかりにくい」と感じる人も少なくありません。
そこで、「事業承継ガイドライン」活用の一助となる方法を紹介します。
5-1.事業承継ガイドラインをわかりやすくまとめた「経営者のための事業承継マニュアル」
「経営者のための事業承継マニュアル」は、中小企業庁が発行しており、中小企業・小規模事業者向けの資料で事業承継において、計画の策定や具体的なアクション、サポート体制などについ解説されています。
「経営者のための事業承継マニュアル」は、「事業承継ガイドライン」の内容を踏まえ、作成されました。カラー刷りで図表を多用しており、わかりやすい言葉で解説されています。
51ページと、「事業承継ガイドライン」の半分以下のボリュームですが、非常に充実した内容になっています。
「経営者のための事業承継マニュアル」は、中小企業庁のホームページからダウンロードが可能です。
5-2.事業承継を円滑化する「中小企業 事業承継ハンドブック26問26答」
「中小企業 事業承継ハンドブック 26問26答 平成21年度税制改正対応版」も、「事業承継ガイドライン」をわかりやすく解説したものです。
Q&A方式で解説されており、漫画や図を多用しているため、とても読みやすい構成になっています。
2008年に「中小企業事業承継ハンドブック 20問20答 経営承継円滑化法対応版」が作成され、翌年2009年に現在の「中小企業事業承継ハンドブック 26問26答 平成21年度税制改正対応版」に改訂されました。
「中小企業事業承継ハンドブック 26問26答 平成21年度税制改正対応版」も中小企業庁のホームページからダウンロードできます。
中小企業事業承継ハンドブック 26問26答 平成21年度税制改正対応版|中小企業庁
5-3.税理士など、事業承継の専門家に相談
「事業承継ガイドライン」だけでは、なかなか理解がすすまない場合は、税理士をはじめとする事業承継の専門家に相談してみるのも方法です。
事業承継は、単に仕事を引き継ぐだけではなく、事業用資産の引き継ぎや後継者の育成、抱えている経営課題など、会社によって状況が異なる状況が異なる上に、課題や解決方法も表面化しているものだけとは限りません。
専門家の経験や知識は、心強いものです。
事業承継の専門家に相談した上で、その話の疑問を解消したり、理解するためのツールとして、「事業承継ガイドライン」は有効だといえるでしょう。
「事業承継ガイドライン」でも、まずは税理士などの士業や商工会・商工会議所、金融機関、事業引継ぎ支援センターなどの各専門家に相談することをすすめています。
まとめ
「事業承継ガイドライン」は、事業承継の手引書です。
事業承継の専門家や士業も参考にしている資料でもあり、事業承継の全体像やポイントをつかむことができるので、事業承継を考えている人におすすめしたい資料といえるでしょう。
しかし、読み通すためにはかなりの労力と時間が必要です。
そこで、あらかじめ「事業承継ガイドライン」利用のポイントやメリットを把握することが、有効活用につながります。
改めて、「事業承継ガイドライン」のメリットや内容について振り返ってみましょう。
「事業承継ガイドライン」を利用することで得られるメリットには、以下のようなものがあります。
- 無料で信頼性が高い情報が得られる
- 事業承継の流れがつかめる
- 事業承継の実態を把握することができる
- 事業承継の類型ごとの課題がわかる
- 円滑に財産を移転するための手法がわかる
- 個人事業主の事業承継のポイントがわかる
- 中小企の事業承継を支援する仕組みがわかる
- 事業承継の自己診断チェックができる
「事業承継ガイドライン」は、6章で構成されており、以下の内容になっています。
- 事業承継を早期に準備する重要性
- 事業承継に向けた準備
- 事業承継の課題と対応策
- 事業承継の円滑化に役立つ方法
- 個人事業主の事業承継
- 事業承継をサポートする仕組み
「事業承継ガイドライン」は、事業承継についてくわしく解説しているものの、それぞれの企業や個人により、置かれている状況が異なるため、これだけで事業承継を行うのは現実的ではありません。
そこで、本ガイドラインの特徴を踏まえ、事業承継の基本的な知識を身に付けたり、専門家に相談しながら事業承継をすすめる上での参考書として使うことをおすすめします。
「事業承継ガイドライン」を理解し、有効に使うために、次の3つの方法を併用するのも一案です。
- 「経営者のための事業承継マニュアル」
- 「中小企業 事業承継ハンドブック26問26答」
- 税理士などの事業承継の専門家に相談
円滑な事業承継の手引書である「事業承継ガイドライン」を有効活用するご参考になれば幸いです。