バリュエーションの6つの目的と導入を検討すべき7つのケース

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監修者 山田翔吾

スタートアップの資金調達や、成熟企業のM&A(合併・買収)において、必ずといっていいほど登場するのが「バリュエーション」という言葉です。

直訳すれば「評価」ですが、単純に会社にランク付けをするというものではありません。

バリュエーション、つまり「企業価値評価」とは、なぜその価値になるのか、その評価がどんな目的のもとに行われているのかによって、結果の意味も使い方も大きく変わってきます。

この記事では、誰のために、何のために、どんな場面で企業価値を評価するのかなどについて、資金調達、M&A、経営判断などの具体的な文脈で、バリュエーションが果たす役割を整理します。

これから投資家と交渉を控えている起業家の方も、自社の価値を見直したい経営者の方も、「目的」を知らずしてバリュエーションの数値だけを語るだけでは説得力を持ちません。

あなたの会社のバリュエーションの真価を発揮させるためにも、まずは、その目的を一緒に深掘りしていきましょう。


目次

1.バリュエーションは会社や事業の価値を算定する目的で行う

バリュエーション(Valuation)とは、企業価値評価を指す言葉で、これは企業や事業の「価値」を定量的に算出するための評価手法です。

単に会社が今いくらで売れるかを知るためだけではなく、投資判断、資金調達、M&A、株式市場での取引といった多様な場面で用いられます。

バリュエーションの主な目的は、以下の6つです。

①会社や事業の資本コストを下げる指標となる目的

②取締役会で「適正価格」を把握しておくことで、意思決定ミスを防ぐ目的

③投資家との会話に説得力を出す目的

④増資やストック・オプションの希薄化を見える化にする目的

⑤M&A交渉で「言い値」に振り回されないという目的

⑥会計監査・減損・税務評価の「共通言語」とする目的

この章では、バリュエーションが具体的にどのような目的で用いられ、会社の価値を導き出すのか、6つの観点に分けて解説していきます。

1-1.会社や事業の資本コストを下げる指標となる目的

バリュエーションを行う目的の1つ目が、自社の資本コスト(お金を集めるときにかかるコスト)を数値で把握し、銀行や投資家との交渉で下げていくための指標を持つことです。

企業が事業を継続・成長させるためには、資金調達が欠かせません。その際に問題となるのが「その資金を何%のコストで調達できるか」、すなわち資本コストです。例えば、銀行から「融資利率○%」と提示されたときに、それが高いのか妥当なのか、判断する基準がなければ、不利な条件で借り入れてしまうリスクがあります。

バリュエーションのプロセスでは、例えば、企業のWACC(加重平均資本コスト)を算出します。これは株主資本コストと負債コストを加味した「会社全体としての調達コストの平均値」であり、企業価値評価モデルの基礎となる数値です。このWACCがわかれば、現在提示されている融資利率が自社にとって割高かどうか、根拠を持って比較することができます。

ある企業が、ファンドから資本コストとして、15 %の配当は出してほしいと要求されたとします。自社のWACCを 9 %と算定していた場合、「自社WACCを上回る数値になるため、もう少し下げていただけませんか」と、数値に裏打ちされた交渉が可能になります。単なるお願いではなく、定量的な根拠として機能するのが、バリュエーションによる比較の強みです。

このように、バリュエーションにより企業価値を把握することで、自社の資本コストの妥当性を定量的に示し、銀行や投資家との交渉力を高めることができるのです。

1-2.取締役会で「適正価格」を把握しておくことで、意思決定ミスを防ぐ目的

バリュエーションを行う目的の2つ目は、企業価値の「妥当な価格レンジ」を事前に把握しておくことで、M&Aなどの重大な意思決定での誤判断や経営責任のリスクを大幅に抑えることです。

取締役会や経営会議でM&Aの案件が上がった際、しばしば「相手企業の価格感はこのくらい」といった感覚ベースの話が先行してしまうことがあります。例えば、「社長が「○億円でいいんじゃないか」と言ってるが、本当にその額が妥当なのか?」と疑問に思うという場面は、取締役会において珍しくありません。

このような状況で、もし買収価格が適正範囲を大きく外れていた場合、後に経営判断の欠陥が問われる可能性があります。特に上場企業やガバナンスが問われる環境下では、取締役がその意思決定に責任を負うことになるため、価格妥当性の裏付けが求められます。

ある企業では、M&Aの初期検討段階からバリュエーションメモを作成し、「この企業の評価額は8〜10億円が妥当」とレンジで提示した上で取締役会に導入しました。結果、感覚的な価格提示に対して「それは上限レンジを超えている」と数値で反論でき、経営判断としての正当性が確保されました。

このように、バリュエーションを用いて価格の妥当性をあらかじめ数値で示しておくことで、感覚的・属人的な判断にブレーキをかけ、取締役が法的・経営的リスクを負わずに意思決定を行える体制を構築できるのです。

1-3.投資家との会話に説得力を出す目的

バリュエーションを行う目的の3つ目は、投資家との対話において「企業価値向上の根拠」を数字で示し、将来性の説明に具体性と説得力を加えることです。

IR資料やピッチにおいて「将来性があります」「事業拡大中です」といった抽象的な説明だけでは、投資家の関心を引きつけることは困難です。彼らが求めているのは、事業が将来的にどのように価値を生むのか、そのために今どんな施策を講じているのか、それが企業価値にどう反映されるのかという定量的な説明です。

そこで有効なのが、DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法やマルチプル法を用いた価値向上のシナリオです。例えば「今期にマーケティング投資を強化すれば売上成長率が0.5ポイント上がる → DCFモデルでEV(企業価値)が2%上昇」といったように、戦略と企業価値のつながりを数値で可視化することができます。

あるスタートアップでは、シリーズBの資金調達時に、DCFを用いて「今期中にSaaSの解約率を1%改善できれば、5年後のEVが4.2%増加する」というシミュレーションを提示しました。この具体的な価値成長ロジックが評価され、複数の投資家から出資を受けるに至りました。これは、数字で語る成長戦略が投資家に刺さった結果です。

投資家の信頼を得るには、「将来こうなります」と言うだけでなく、「なぜそうなるのか」を企業価値モデルで示すことが不可欠です。バリュエーションはその裏付けとなり、事業の信頼性を飛躍的に高める武器となります。

1-4.増資やストック・オプションの希薄化を見える化にする目的

バリュエーションを行う目的の4つ目は、増資やストック・オプション発行時の「持株比率の変化(希薄化)」や「1株あたりの価値」を可視化し、資本政策の意思決定を支える重要な指標とすることです。

スタートアップや非上場企業では、資金調達のたびに「どのくらい株式を発行すべきか」「創業者の持株比率はどこまで維持できるか」が常に課題になります。

例えば、1億円の増資による資金調達を計画していて、直近の企業価値(バリュエーション)が1億8,000万円と算出された場合、単純な比率で考えれば、株主に全体の約64.3%の持分を譲ることになり、特別決議の議決に必要な2/3以上の持分をオーナーが握ることができず、議決権が脅かされる可能性があります。

※1億 / 2億8,000万 ≒ 35.7%

株主の固有比率は100 – 35.7 = 64.3%

こうした「希薄化の影響」を事前に定量的に把握できるようにするためには、企業価値の算定(バリュエーション)と、それに基づいたキャップテーブル(資本構成表)の更新が必要不可欠です。株価が正しく算定されていなければ、知らないうちに創業者の持株が極端に減っていたり、ストック・オプションを出しすぎてしまったりするリスクもあります。

ある企業では、シリーズAでの増資時にキャップテーブルと連動させたバリュエーションモデルを構築し、「このラウンドで企業価値は2.5億円」「増資額は5,000万円」「結果として株式希薄化は16%、創業者持分は62%を維持」というように、説明可能な体制を整えました。これにより、投資家との交渉や役員会での説明もスムーズになり、意思決定のスピードと納得感が格段に向上しました。

「株を配ったらどれだけ残るのか?」「1株あたりの価値は今いくらか?」といった問いに即答できることは、成長企業の資本戦略における信頼と交渉力の源となります。バリュエーションは、その「見える化」の出発点であり、経営の精度を支えるツールといえます。

1-5.M&A交渉で「言い値」に振り回されないという目的

バリュエーションを行う目的の5つ目は、M&Aの交渉において「相手の言い値」に依存することなく、自社の理論価値を根拠として主導権を握ることです。

M&Aの現場では、買い手から「この値段で買いたい」と一方的に提示された価格に対して、売り手が「高いのか?安いのか?」と判断に迷う場面が多くあります。特に非上場企業やスタートアップの場合、「市場価格」が存在しないため、価格交渉が感覚的、あるいは属人的になりがちです。

そこで活用されるのが、EV(企業価値)とEquity Value(株式価値)ブリッジです。まず、バリュエーションにより企業のEVを合理的に算定し、そこからネット有利子負債(現預金-有利子負債)やその他調整項目を差し引いて、Equity Value (株式価値) を導き出します。このような算定プロセスがあれば、「当社の株主価値は○~○億円。その前提となる将来CF、WACC、市場倍率はこれです」と明確に伝えることが可能になります。

ある企業では、買い手から「5億円でどうか」というオファーが来た際に、あらかじめ作成していたDCFベースのバリュエーションに基づき、「当社のEVは7.5億円、ネットデット1億円を引いたEquityは6.5億円が妥当です。5億円は大きく乖離しており、説明可能な水準ではない」と回答し、価格交渉の主導権を握り、6.3億円での着地に成功しました。

このように、バリュエーションはM&A交渉における価格の参考値となります。自社の価値を理論的に把握しておけば、相手の言い値に流されることなく、透明性と交渉力を武器に価値に見合った取引を実現できます。

1-6.会計監査・減損・税務評価の「共通言語」とする目的

バリュエーションを行う目的の6つ目は、会計監査や税務申告だけでなく、「投資している資産や株式の現在価値がどの程度あるのか」「減損はどれだけ必要か」といった経営判断においても、企業価値を「共通言語」とすることです。

企業が保有する資産の中には、M&Aで取得した子会社や非上場株式、大型設備など、市場価格が存在しないが経済価値がある資産が数多く含まれます。これらの資産について、将来キャッシュフローの見通しが悪化した場合、減損処理を行う必要があります。

例えば、のれんや子会社株式の評価では「本当にまだこの金額の価値があるのか?減損すべきではないか?」と監査法人から問われます。その際、DCF法などを用いて資産が今もたらす価値を数値化することが、説明責任を果たすカギとなります。

あるCFOは、会計監査人から「のれんの減損テストのDCFモデルを見せてください」と求められましたが、直前まで準備されておらず、事業計画や割引率の整合がとれずに大幅な作業遅延が発生してしまいました。

一方で、別の企業では、ふだんからバリュエーションモデルを財務管理にも活用していたため、「投資しているA社株式の現在価値は5.4億円」「減損の必要なし」と即時に算定・説明でき、監査対応も円滑に完了しました。

このように、バリュエーションを「決算のために急遽作るもの」ではなく、日常的な投資判断や資産管理に活用するツールとして整備しておくことで、監査対応・減損評価・税務申告などの重要場面をスムーズに乗り切ることができます。

企業内部・監査人・税務当局すべてにとっての共通言語となる評価モデルを持つことが、リスクを抑えた経営の礎となります。


2.バリュエーションでは「目的」によって評価手法が変わる

バリュエーションは「企業の価値を算出する手法」として一括りに語られがちですが、実際には目的に応じて適用すべき評価手法が異なります。

なぜなら、誰が・何のために・どのタイミングで企業価値を知りたいかによって、重視される要素がまったく異なるからです。

この章では、バリュエーションの手法が目的によって使い分けられている背景を3つの観点から解説します。

2-1.投資家視点や買収側視点など「誰のための評価か」によって重視するものが変わるから

評価の「目的」、つまり「誰のための価値評価か」によって、バリュエーションで重視するポイントは大きく変わります。

例えば、投資家向けの評価では将来的なリターンに焦点が当てられ、利益成長やキャッシュフローが重視されます。一方で、M&Aで買収側の企業が行う評価では、買収後の相乗効果やリスクの織り込みが求められるなど、同じ企業でも立場によって価値の見方が異なります。

例えば、あるスタートアップが出資を受ける際には、将来の市場シェア拡大や、事業の今後の拡張性を中心に据えたバリュエーションが行われました。一方で、事業会社がそのスタートアップの買収を検討した際には、現時点の黒字化や人材の質が主な評価軸とされ、同じ企業に関するバリュエーションでも異なる結果が出たのです。

このように、バリュエーションは「誰の意思決定を支援するのか」によって評価軸が変わるため、手法の選定にも影響が出ます。

2-2.将来性を重視するのか、現在の実績を重視するのかなど「いつの評価が必要か」によって使える評価手法が異なるから

評価の対象となる時間軸が「現在」なのか「将来」なのかによって、用いるべき手法が変わります。

企業の価値は静的なものではなく、時間とともに変動します。たとえば、成長段階にある企業では将来の収益や市場拡大が重視されるため、将来予測をベースにしたインカム・アプローチが有効です。一方で、清算や整理を前提とする場面では、現時点の資産価値を基にするコスト・アプローチが適しています。

例えば、ある企業が事業整理を目的に子会社の評価を行う際には、収益力よりも現在保有している資産の実態価値が重視され、純資産法による算定が選ばれました。

これに対し、同じ企業が新規事業の資金調達を行う際には、将来の収益予測をもとにDCF法が用いられました。

このように、価値を「いつ」の視点で見るのかに応じて、採用すべき評価手法も変わるのです。

2-3.評価対象企業の特性や事業の成長性、成熟度など「何を重視した評価が必要か」によって評価手法が異なるから

評価対象となる企業の特性や置かれた状況によって、「どのバリュエーションの手法が妥当なのか」は変わります。

例えば、安定的に利益を生んでいる成熟企業であれば、過去実績をもとにしたマルチプル法などが有効ですが、まだ利益が出ていないスタートアップであれば、将来のキャッシュフローを予測するインカム・アプローチの方が適しています。

また、保有資産が評価の中心となる不動産業などでは、コスト・アプローチが合理的です。

物流系の非上場企業に対して土地や倉庫の資産価値を中心にバリュエーションを実施する際には、収益力よりも資産保有の実態が評価に大きく影響したため、コスト・アプローチが採用されました。一方で、IT系ベンチャーでは、ユーザー数の成長性と市場展望が加味される必要があったため、DCF法を活用して、結果として高いバリュエーションが示されました。

評価の精度と妥当性を高めるには、「何が価値の源泉か」を見極めたうえで、それに適した手法を選定することが不可欠です。


3.目的別・バリュエーションの3つの分類

企業のバリュエーション(価値評価)は、評価の目的に応じて手法を選び分ける必要があります。

なぜなら、資金調達、M&A、清算、投資判断など、それぞれの文脈によって「価値」の意味が異なるからです。

この章では、バリュエーションの3つの基本アプローチである「インカム・アプローチ」、「コスト・アプローチ」、「マーケット・アプローチ」を目的別に整理し、それぞれの特徴と適用シーンを明確に解説します。

目的に応じたバリュエーション手法の対応表

目的最適な評価手法の例理由・特徴
M&Aマーケット・アプローチ、インカム・アプローチ市場価格や将来キャッシュフローを重視し、買収価格や投資回収を判断するため
資金調達インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ投資家が将来性や市場での評価を重視するため
税務(相続・贈与)コスト・アプローチ税法上の評価基準に従い、資産価値の客観性を担保する必要があるため
ストック・オプションの付与インカム・アプローチ将来の企業成長や収益性を反映した公正価値の算定が求められるため
経営戦略・事業評価インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ成長性や市場での位置づけを把握し、経営判断に活かすため

3-1.インカム・アプローチ

インカム・アプローチは、将来得られるキャッシュフローをもとに企業価値を評価する手法です。

企業の本質的な価値は、将来にわたって生み出す収益の現在価値とみなせるからです。特に成長段階にあるスタートアップなどは、まだ実績が少なくても、将来的な収益性によって高い評価を得られます。

例えば、企業が毎年着実に売上を伸ばしており、解約率が低いと予測される場合、DCF法などのインカム・アプローチを使えば安定したキャッシュフロー予測により高い評価が導き出されます。これは、資金調達において投資家を説得する材料になります。

将来の可能性を織り込んだ評価を行いたい場合には、インカム・アプローチが最も効果的な手法です。

3-2.コスト・アプローチ

コスト・アプローチは、企業が現在保有している資産から負債を差し引いた「純資産価値」に基づいて企業を評価する手法です。

このアプローチは、企業がどれだけの経済的資源を保有しているか、そして清算時にどれだけの残余価値があるかを重視するからです。

M&Aにおいて買収側がリスクを避けたい場合や、相続や清算などで実態価値を重視したい場合に適しています。

例えば、工場、機械、土地などの資産を多く持ち、安定した業績を維持している製造業が対象の場合、特にコスト・アプローチによる純資産法は保守的かつ納得感のある評価となります。

保有資産を重視するシーンやリスク回避が目的であれば、コスト・アプローチは現実的で信頼されやすい手法です。

3-3.マーケット・アプローチ

マーケット・アプローチは、同業他社や市場における取引事例をもとに、企業価値を相対的に評価する手法です。

市場での取引価格は、リアルタイムの需要と供給を反映しており、説得力のあるベンチマークとなるからです。特にM&Aや投資判断では、買収価格や株価の妥当性を裏付ける根拠としてよく使われます。

例えば、同業のベンチャー企業が売上3億円で評価額15億円だった場合、同規模の自社が売上4億円であれば、20億円前後の価値というように類推することができます。これにより、交渉時の下限、上限の目安が明確になります。

市場価格をベースに、「今この瞬間に企業にどれだけの価値があるか」を把握するには、マーケット・アプローチが有効です。


4.バリュエーションを用いる必要がある主な場面

バリュエーションは、実際のビジネスや経営の意思決定、さらには法務や税務、投資活動においても、企業価値を客観的に示す指標として機能します。

この章では、企業がバリュエーションを必要とする典型的な7つの場面を取り上げ、それぞれの背景と重要性を明らかにします。

4-1.M&Aや組織再編における価値評価の場面

企業買収や合併を行う際、買収価格や統合比率を合理的に算定するためにバリュエーションが不可欠です。

相手企業の価値を正確に把握しなければ、過大な買収額による損失や、株主間の不公平な統合比率が発生するリスクがあるためです。

ある大手企業がスタートアップを買収する際、DCF法によって将来的なキャッシュフローを評価し、5年後の収益を織り込んだ結果、想定よりも高い価値が算定され、それが買収価格の根拠となった事例があります。

M&Aにおいてバリュエーションは、交渉材料でもあり、意思決定の土台となる重要な要因です。

4-2.訴訟リスクを回避したい場面

M&Aの実施や事業売却などの意思決定に際し、バリュエーションを行うことは、将来的な訴訟リスクを回避するうえで非常に重要です。

期待していた成果が得られなかった場合、株主や債権者、従業員などのステークホルダーから「なぜその判断を下したのか」「妥当な価格だったのか」と厳しく追及される可能性があります。特にM&Aは多額の資金が動くため、意思決定のプロセスや価格の正当性について、後になって疑義が生じることが少なくありません。

例えば、ある企業が子会社を売却した際に十分な説明責任を果たしていなかったため、後に少数株主らにより「企業価値が過小評価されていた」として訴訟を受けた事例があります。

一方で、別の企業では、独立第三者によるバリュエーションを実施し、DCF法やマーケット・アプローチによる根拠資料をあらかじめ株主に開示していたことで、意思決定の妥当性が認められ、訴訟に至ることなく合意が得られた事例もあります。

このように、バリュエーションは単なる価格の算出だけでなく、意思決定の正当性を証明する証拠としての機能を果たします。透明性と客観性を確保することで、後の紛争を未然に防ぐ強力な手段となるのです。

4-3.スタートアップの資金調達の場面

ベンチャー企業が投資家から資金を募る際、その出資額に見合う企業価値を明示する必要があります。

企業価値が不明瞭なまま資金を受け取ると、過剰な持分を譲渡してしまう恐れがあります。また、高すぎる企業価値評価であれば、次のラウンドでの資金調達に支障をきたすこともあります。

例えば、シリーズAの資金調達時に、DCF法と競合比較を組み合わせたバリュエーションを提示することで、投資家との交渉がスムーズに進み、希望額の出資を獲得できた企業もあります。

適切な評価は、スタートアップにとって資金調達の成否を左右する要素になります。

4-4.投資家が株式や事業、不動産などへの投資価値を客観的に評価する場面

投資家が新たな資産に投資する前に、その対象が本当に価値あるものかを判断する材料としてバリュエーションは使われることがあります。

市場価格だけでは見えない潜在的リスクや収益性を可視化し、合理的な投資判断を下すためには、内部価値を把握する必要があるからです。

例えば、投資家が不動産関連企業への出資前に収益還元法によるバリュエーションを行ったところ、期待利回りが著しく低いということが判明し、投資を見送った事例があります。

投資家視点で株式などが「割安かどうか」を見極めるには、バリュエーションによる内部的な価値算定が欠かせません。

4-5.会社や事業の価値を客観的に株主などに説明する場面

経営陣が事業戦略や成長性を説明する際にも、バリュエーションは説得力を持つデータとなります。

売上や利益といった指標だけでは、企業の将来性やリスクを十分に伝えきれず、投資判断を誤らせてしまう可能性があるからです。

新規事業のピッチ時に、バリュエーション資料を提示したことで、株主からの理解が得られ、資本増強に成功したケースもあります。

価値の可視化は、経営の透明性と投資家の信頼を築く土台となります。

4-6.役員などにストック・オプションを付与する場面

役員などに対してストック・オプションを発行する際には、その権利行使価格の設定根拠として企業価値評価が求められます。

※ストック・オプションとは、会社が役員や従業員、社外協力者などに対して、あらかじめ決められた価格(権利行使価格)で一定期間内に自社株式を取得できる権利を付与する制度です。つまり、役員や従業員に対する報酬として無償または低額で発行される新株予約権とも言えます。

会計基準上、これを費用計上する際には「公正価値」を算定する必要があります。この公正価値は、企業の株価やオプションの条件を基にバリュエーション手法(オプション評価モデルなど)で算出されます。

発行時の株式価値が適切でないと、ストック・オプション保有者が税制上不利な扱いを受ける可能性があります。

例えば、権利行使価格が付与時の時価未満だと税制適格要件を満たさず、権利行使時に高い税率で課税される場合があります。

税制適格ストック・オプションでは、権利行使時には株式に対して課税されず、株式売却時のみ課税されます。

また、発行会社側も、適切なバリュエーションを行わない場合、会計上、必要以上に多額の費用計上を強いられることもあります。

税務リスクを回避し、役員報酬の設計を適正に行うには、バリュエーションの客観性が不可欠です。

4-7.相続や贈与時の株価算定の場面

非上場株式の相続・贈与において、課税評価額を正確に出すためにバリュエーションが用いられます。

(※上場株式の相続・贈与においては、課税評価額を算出する際に「市場価格」が常に公開されており、それを基準とするため、非上場株式のように特別なバリュエーションは用いられないことが多いです。)

これは、取引相場のない株式は評価が難しく、誤った金額で申告すると過少申告や過大課税の問題につながるためです。

税理士と連携して企業価値を算定し、株価評価額に基づいて申告したことで、後の税務調査でも評価額が適正と認められた事例もあります。

相続税や贈与税のトラブルを避けるためにも、専門的な株価の算定は不可欠です。


5.バリュエーション業務のサポートが必要な方は辻・本郷 FAS株式会社へご相談を

正確で説得力のあるバリュエーションを行うためには、目的や状況に応じた専門的な判断が欠かせません。

特にM&A、資金調達、事業承継などの重要な意思決定においては、経験豊富な専門家のサポートが大きな違いを生みます。

バリュエーションは単なる数字の計算ではなく、企業の現状分析、将来予測、市場動向の読み取りといった複合的な知見が求められます。

また、評価の前提条件や手法の妥当性についても、第三者に説明できる透明性と客観性が不可欠です。

こうした精度と説得力を確保するには、FAS(Financial Advisory Services)分野での実績と信頼性が求められます。

辻・本郷 FAS株式会社では、上場企業から非上場企業、スタートアップに至るまで、さまざまな業種・規模のバリュエーション業務をはじめとしたPPA、PMI、組織再編コンサルティング、事業再生コンサルティング、買収監査(デューデリジェンス)などのトータルサポートを行っています。

例えば、バリュエーション分野であれば、M&A前の企業価値評価、ストック・オプション発行時の株価算定、事業再編における分割比率の根拠提示など、依頼者の目的に沿った柔軟なアプローチを提供しています。

「どの評価手法を使うべきか分からない」「社内での評価に客観性が不足している気がする」といったお悩みをお持ちの方は、まずはお気軽にご相談ください。

専門家による丁寧なヒアリングと実務対応によって、信頼性の高いバリュエーションを実現します。


6.まとめ

バリュエーションは、企業の価値を客観的かつ合理的に把握するために欠かせないプロセスです。

その目的や使用場面に応じて、適切な手法を選ぶことが成功のカギとなります。

この記事では、バリュエーションの基本から実務での活用まで、包括的にご紹介しました。

要点のまとめ

・バリュエーションは「目的」に応じて手法や視点が大きく異なる。

・バリュエーションは会社や事業の価値を算定する目的で用いる。(主に資本コストの把握と交渉力の強化を図るため、M&A価格の妥当性を取締役会で説明可能にするため投資家との対話に説得力を与えるため、増資などによる希薄化リスクを管理して資本政策を可視化するため、M&A交渉で価格交渉の主導権を握るため、会計監査・減損・税務評価に共通のロジックで対応するためなど)

・評価にあたっては「誰の視点か」「いつの価値か」「何を重視するか」が手法選択のポイントになる。

・主な手法は「インカム・アプローチ」「マーケット・アプローチ」「コスト・アプローチ」の3つに分類される。

・M&A、資金調達、ストック・オプション発行、相続税対策など、実務でのバリュエーションの使用シーンは多岐にわたる。

・自社内でのバリュエーションに不安がある場合は、専門家のサポートを活用することがおすすめ。

目的に合ったバリュエーションは、経営判断や対外説明の強力な根拠となります。

「企業価値評価をどう行えばよいかわからない」「適正な企業価値を把握したい」とお考えの方は、実績ある専門家への相談をぜひご検討ください。

場に最適な評価こそが、企業の成長には不可欠です。