
「財務デューデリジェンス」と「税務デューデリジェンス」を混同していませんか。
確かに両者は調査領域の重複があるため、同列に語られることもあります。しかし目的がそれぞれ異なるため、調査内容や調査期間の考え方などに違いが生じます。
本記事では「財務デューデリジェンス」「税務デューデリジェンス」の違いを丁寧に解説します。
【一目で理解!財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスの違い】
| 財務デューデリジェンス | 税務デューデリジェンス | |
|---|---|---|
| 目的 | 会計に関する調査 | 税務に関する調査 |
| 調査内容 | ・貸借対照表分析 | ・タックスポジションの把握 |
| 見極めたい対象 | ・現在の事業価値 ・財務リスク | ・税務リスク ・税務リスクが買収計画に及ぼす影響 |
端的に言えば、それぞれ次の視点が求められます。
- 財務デューデリジェンス 財務リスクを特定して企業価値評価に役立てる視点
- 税務デューデリジェンス 税務リスクを特定して買収計画に反映させる視点
双方を確実に行うことで、今後の買収価格の適正化や買収計画の改善につなげられます。手間と依頼コストをかけることで、買収の満足度や成功率は上がるでしょう。
また、財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスは異なるデューデリジェンスではありますが、同一の専門家に依頼することをおすすめします。一括で依頼すると連携がスムーズであるため、調査コストを抑えて調査制度を向上させられるからです。
目次
1.財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスの違い【目的】
財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスはどちらも、買収予定企業の実態を把握することで、M&Aの成功に貢献することが目的です。また、外部の専門家に依頼する場合は一般的に、税理士法人や監査法人に依頼する点も共通しています。ただし、具体的な目的については次のような違いがあります。
【財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスの目的】
| 財務デューデリジェンス | 税務デューデリジェンス | |
|---|---|---|
| 目的 | 会計に関する調査 | 税務に関する調査 |
| 具体例 | ・財務諸表や補足資料を分析し、正常収益力 | ・追徴課税に代表される、税務リスクの把握 |
1-1.財務デューデリジェンスの目的
財務デューデリジェンスは、財務諸表から会計に関する調査を行います。過去から現在までの財務状況を基に、次のような項目を調査・分析します。
- 財務諸表や補足資料を分析し、正常収益力・実態純資産・運転資本等のバリュエーションに用いる前提値を確定する
- 簿外債務や資金繰りリスクを特定し、買収契約(価格調整条項・表明保証等)の設計に反映する
1-2.税務デューデリジェンスの目的
税務デューデリジェンスは、税務に関する調査を行います。過去の税務調査・納税実績、進行事業年度の状況を調査することで次のような項目を調査・分析します。
- 追徴課税に代表される、税務リスクの把握
- 税務リスクを把握して買収契約や経営統合(PMI)に役立てる
2.財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスの違い【調査内容】
財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスは目的が異なるため、調査内容も違ってきます。事業内容や事業形態などに内容は若干変わりますが、一般的な内容は次の通りです。
【調査内容の比較表】
| 財務デューデリジェンス | 税務デューデリジェンス |
|---|---|
・貸借対照表分析 | ・タックスポジションの把握 |
2-1.財務デューデリジェンスの調査内容
財務デューデリジェンスの内容は大きく次の4項目です。
2-1-1.貸借対照表分析
貸借対照表の資産と負債を評価することで、帳簿上の純資産(簿価純資産)を算定します。ただし、買収予定企業の会計の適正性も合わせて確認し、必要に応じた調整を行います。例えば、次のような事項です。
- 支払期限の過ぎている売掛金が複数あるが、引当金が設定されていない
- 長期にわたり動きがない滞留在庫について、簿価の切り下げが行われていない
- 保有不動産の簿価が時価と大きく乖離している
会計処理の適正性の向上や時価評価への置き換えによって算定した純資産のことを「修正簿価純資産」といいます。
2-1-2.損益計算書分析
買収予定企業の損益構造を把握することで、正常収益力を評価します。大きく次のステップで正常収益力を算定していきます。
(1)当期純利益算定までの過程を把握
損益計算書は該当事業年度に「いくら稼いだか」を見るための計算書です。売上高から経費や税金を差し引いて最終的な「当期純利益」を算定するまでの過程を把握することで、損益構造を明らかにします。
損益構造が把握できれば、「純利益はプラスだが売上原価の割合が大きいので、原料が値上がりするとマイナスになる可能性が大きい」「純利益が小さいが特別損益が出ているので、稼ぐ力そのものはある」のように分析できます。
(2)正常収益力の算定
もっとも基礎的な収益力を表すEBITDAを算定します。EBITDAを端的に言うと、「営業利益」と「減価償却費」を足したもので、支払利息控除前・税金控除前・減価償却費控除前の利益のことです。
| EBITDA(支払利息前・税金控除前・減価償却費控除前利益)の特徴 | |
|---|---|
| 支払利息控除前 | 資本構成の影響を受けない |
| 税金控除前 | 法人税率、消費税率といった税法の影響を受けない |
| 減価償却費控除前 | 減価償却方法の影響を受けない |
資本構成、税法、減価償却方法といった外部要因の影響を受けない特徴を持ちます。本業以外の変動要因を除外することで、事業に絞った収益力(基礎的な収益力)を算定できるのです。
【EBITDAとバリュエーション】
EBITDAを使用した「EV/EBITDA倍率」はバリュエーション(企業価値評価)のマーケットアプローチでも使用される指標です。財務デューデリジェンスで算定した正常収益力がバリュエーショで活用される代表的な例と言えます。
なお、EV/EBITDA倍率とは、何年間で買収費用を回収できるかを表す指標のことです。
※EV計算式 EV=株式時価総額+準有利子負債+少数株主持分
デューデリジェンスとバリュエーションの違いや関係性ついては「コチラ」
2-1-3.キャッシュフロー計算書分析
キャッシュポジションを把握します。キャッシュは「利益」「借入」「増資」のいずれかから調達されます。どこからキャッシュが入ってきたのか分析することで、財務状況や資金繰りの安定性を見極めます。
また、財務デューデリジェンスでは、事業を運営するうえで最低限必要な資金がいくらなのか、いわゆるミニマムキャッシュフロー分析も重要です。
なお、買収予定企業が非上場企業の場合、キャッシュフロー計算書が作成されていないことがあります。そういったケースでは、社内資料としての資金繰り表で代用することや、財務デューデリジェンスチームで簡易的なキャッシュフロー計算書を作成するといった対応があります。
2-1-4.事業計画分析
事業デューデリジェンスと連携する形で事業計画分析を行います。財務諸表分析では過去の数値の適正性、つまり事業計画書の前提条件をチェックします。前提条件の適正性が確認できることで、事業計画書の信頼性が判断できます。
例えば、財務デューデリジェンスでは次のような点をチェックします。
- 純資産の推移が過去の貸借対照表の評価と整合性がとれているか
- 損益計算書で分析した損益構造と事業計画書の損益構造に矛盾がないか
2-2.税務デューデリジェンスの内容
税務デューデリジェンスの内容は大きく次の5項目です。
2-2-1.タックスポジションの把握
税務申告状況や納税額の推移を大まかに把握します。この後の分析を深めるための予備的調査として、次のような項目を確認します。
- 過去の納税額の推移
- 未納、滞納となっている税金の有無
- 過去の課税所得と税負担率の推移
- 会計上利益課税所得への調整計算の内容
- 申告調整項目の把握
- 税額控除(試験研究費の税額控除や外国税額控除など)の内容
上記のほか、欠損繰越金の有無も確認します。買収予定企業が繰越欠損金を有している場合、それも買収後に利用できるかもしれないためです。利用できれば将来の税負担軽減につながりますが、必ずしも買収にプラスになるとは限りません。繰越欠損金が生じた原因はしっかり見極める必要がありますし、買収形態によっては繰越欠損金が利用できないこともあります。
2-2-2.税務調査結果の分析
過去の税務調査結果を分析します。ここで調査できるのは過去の税務リスクですが、買収予定企業の税務水準を推し量ることができますし、傾向を知ることで現在の税務リスクの特定にも役立ちます。
次のような項目を分析します。
- 税務調査の実施年度や対象税目
- 過去の税務調査において、調査が終了している事業年度
- 過去の税務調査の内容(指摘事項の内容や重加算税の有無など)
- 過去の税務調査で指摘された事項の対応(改善状況)、現在も係争中となっている事項の有無
2-2-3.税務申告書の分析
過去の税務申告から、現在進行形の税務リスクが隠れていないか分析します。次のような潜在リスクを見極めます。
- 申告書と関連資料を比較し、申告すべき事項が漏れていないか
- 申告漏れや誤謬が見つかった場合の本税やペナルティ(過少申告課税や延滞税の金額)を数値化
なお、数値化した税務リスクは貸借対照表分析やキャッシュフロー分析に反映させることも重要です。例えば追加本税が予想される場合に、該当金額を「未払法人税」として貸借対照表に反映させるといった連携が考えられます。
2-2-4.買収計画への影響を分析
税務デューデリジェンスで明らかになった情報のうち、買収計画に与える影響を分析します。影響はプラスとマイナス双方が考えられます。
| 代表的なマイナス材料 | 追徴課税 売買スキームに関して発生する課税 |
| 代表的なプラス材料 | のれんの償却 繰越欠損金の使用 |
一般的にはプラス材料と言われるものでも、情報の精査が必要です。例えば上記で繰越決算金はプラス材料に挙げています。しかし買収予定企業の繰越欠損金が多額の場合も、控除しきれない場合はその分評価が半減します。
2-2-5.重要税項目の分析
限られた時間で調査を行うため、税務デューデリジェンスのメインとなるのは法人税です。しかしそれ以外の税目についても、要所を押さえた調査を行います。例えば、消費税や源泉所得税は、法人税が課されない場合でも課税が発生することがあります。課税リスクの有無をしっかりと調査しなければなりません。
【消費税のチェックポイント例】
- 課税、非課税、免税、課税対象外といった区分
- 輸入消費税の処理
- 仕入税額控除の方式
【源泉所得税のチェックポイント例】
- 海外への支払の有無
- 海外への支払がある場合の、源泉徴収の必要性と源泉徴収税の漏れを確認
3.財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスの違い【調査対象期間】
原則として、どちらも調査対象期間は「3年程度」です。ただし、調査の方向性に違いがあります。
| 財務デューデリジェンス | 税務デューデリジェンス |
|---|---|
過去の推移や増減を分析することで、財務予測を立てる | 過去の税務調査から調査対象期間の調査の重要度が変わる |
3-1.財務デューデリジェンスの調査対象期間と調査の方向性
【調査期間】
一般的な調査期間は3年です。ただし、3年間を調査し、財務上の懸念点が生じたときは、5年程度に延長されることがあります。
進行事業年度は月次決算や四半期決算を確認しますが、年次決算と比較すると精度が低いので、詳細な分析は難しいでしょう。
【調査の方向性】
過去の推移や増減を分析することで、将来の財務予測を立てます。
3-2.税務デューデリジェンスの調査対象期間と調査の方向性
【調査期間】
一般的な調査期間は3年です。ただし、3年間を調査し、税務上の懸念点が生じたときは5年程度に延長されることがあります。更正処分の可能期間は原則5年であるためです。
【調査の方向性】
過去の税務調査の履歴から、税務調査で調査済みの年度はやや重要度が低くなります。税務調査が入った事業年度が再調査される可能性は低く、相対的に税務調査未完了の年度の重要性が高くなるためです。
一方で、進行事業年度の税務リスクが高いと、買収後に自社が直接影響を受けます。進行事業年度の税務リスクが高いの場合は買収計画への反映が重要となります。
4.財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスの違い【クロスボーダーDDの留意点】
買収予定企業が海外企業である、もしくは国内企業だが海外に子会社等を有している場合に行うのが「クロスボーダーデューデリジェンス(DD)」です。現地の専門家がデューデリジェンスを実施することが多いかもしれませんが、調査結果からリスクを読み取るだけの知識は必要でしょう。
財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスにおける留意点はそれぞれ違うため、具体例をいくつかご紹介します。
4-1.財務デューデリジェンスにおけるクロスボーダーDDの留意点
会計基準の違い
買収予定企業が採用している会計基準を理解して企業価値を評価しなければなりません。国際的な会計基準であるIFRS(国際財務報告基準)やアメリカにおいて一般的に認められている米国基準(US-GAAP)であれば日本においてもある程度なじみがあるのので理解しやすいです。しかし、それ以外の現地の会計基準が採用されているケースもあります。
現地の会計基準が使用されている場合は、IFRS等との差分を比較しながら理解していく方法があります。
しかし、比較は難易度が高く理解しにくいので注意が必要です。また、現地特有の要因を見落とすと、後になって思わぬ税務リスクが発覚するかもしれません。
為替リスクの発生
買収予定企業が現地通貨で事業を行っている場合、基本的には円と現地通貨の為替レートの影響を受けます。いくつかの為替レートでシナリオを想定し、為替リスクの大きさを定量化します。
4-2.税務デューデリジェンスにおけるクロスボーダーDDの留意点
課税制度の違い
現地の課税制度のうち、違いや影響の大きいものは把握しておきます。例えば租税債権の時効が長い国、もしくは時効がない、といった国もあります。また、優遇税制についても一定の理解をしておきたいです。
重要税目が異なる
関税や現地で税率の高い税目について調査する必要があります。かといって調査対象を広げすぎて手が足りなくなってしまう可能性があるので、現地の専門家と相談しながら、調査税目を絞り込んでいきます。
5.財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスでは連携が重要
財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスの違いを見てきましたが、両者は連携も重要です。その理由は次の通りです。
分析精度向上につながるため
リンクする調査項目で連携することで、それぞれの分析精度が高まります。例えば財務デューデリジェンスの貸借対照表分析における「繰延税金資産」「未払法人税等」は税務デューデリジェンスの調査結果が関わります。また、税務デューデリジェンス実施時は会計処理が適切に行われていることが前提となるため、財務デューデリジェンスの結果から適正性や会計リテラシーの水準を把握しておくことは重要です。
省力化につながるため
リンク項目を共有しておくことで、買収予定企業に重複してインタビューを行ったり、同じ資料をそれぞれ読み込んだりといった、無駄な作業を省けます。デューデリジェンス全体の効率化につながるでしょう。
6.財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスのよくある質問
Q:M&Aにおいて、財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスは両方行った方がよいですか?
目的が違うので、両方行うことを推奨します。リンクする部分は共有すれば、両者を無駄なく実施できます。
Q:行う順番はどのように決めればいいですか
財務デューデリジェンスで会計の適法性をある程度担保したうえで、税務デューデリジェンスで税務ポジションを確認するといいとされています。
ただし、互いに影響し合うので完全に別々に行うのは避けた方が良いです。財務デューデリジェンスを先行して行うものの、後発の税務デューデリジェンスも同時並行的に行います。
Q:財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスは違うため、依頼する専門家も違う方がいいですか?
別々の専門家に依頼するときは、連携の手間が必要なので、可能であれば同じ専門家に依頼することをおすすめします。
Q:簡易的(対象を狭める)デューデリジェンスもいいですか
本来、財務や税務のどこにリスクがあるかは買収予定企業によってさまざまなので、対象を狭めることは望ましくありません。ただし、あらかじめ懸念点が分かっている場合は、懸念点に絞ったデューデリジェンスを実施する方法がとれます。
しかし、懸念点がはっきりしているケースはそう多くありません。懸念点が明確ではなく、かつ時間的制約が厳しいときは対象範囲を狭めるのではなく、対象期間を3年から2年にするといった方法があります。どの方法をとるか、専門家と相談して決定することが重要です。
7.財務・税務デューデリジェンスは辻・本郷 FAS株式会社にお任せください
財務・税務デューデリジェンス双方のご相談にのれるのが、辻・本郷FAS株式会社です。ビジネス・法務・労務デューデリジェンスにも幅広く対応しているため、広域的、かつスムーズな連携が叶います。事業内容の一覧や実績は辻・本郷FAS株式会社をご覧ください。
さらに辻・本郷FAS株式会社を要する「辻・本郷 グループ」なら、その後のバリュエーション、PPA、経営統合、組織再編まで一気通貫で対応可能です。
8.まとめ
財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスはM&Aを成功さるために、必要なプロセスです。目的が異なるため、違いを知って「どう使い分けるか」が重要です。
【財務デューデリジェンスと税務デューデリジェンスの目的】
| 財務デューデリジェンス | 税務デューデリジェンス | |
|---|---|---|
| 目的 | 会計に関する調査 | 税務に関する調査 |
| 具体例 | ・財務諸表や補足資料を分析し、正常収益力 | ・追徴課税に代表される、税務リスクの把握 |
双方を同時行うのは負担になるかもしれませんが、連携することで省力化も可能です。違いを理解した上で、最適なデューデリジェンス設計を行い、M&Aに生かしていきましょう。
