個人事業主が引っ越しをする際、プライベートな荷物の移動だけでなく、仕事環境の移転に伴う複雑な手続きが発生します。「税務署への届出を忘れてペナルティを受けないか」「どの費用が経費になるのか」といった不安を感じる個人事業主の方も多いのではないでしょうか。
本記事では、Web系フリーランスなどの個人事業主が、本業を止めることなく効率的に引っ越しを完了させるための手順を詳しく解説します。この記事を読めば、税務上のリスクを回避し、節税効果を高めながら、新しい環境でスムーズに仕事を再開できるはずです。
1.個人事業主が引っ越しの際にすべきこと
個人事業主の引っ越しには、会社員とは異なる事業上の手続きが数多く存在します。事務作業を短時間で終わらせるために、以下の項目を順番に確認しましょう。
1-1.引っ越し代を事業経費として計上する
自宅兼事務所として使っている部屋を引っ越す場合、引っ越し費用のうち「事業に関わる部分」は経費として計上できます。自宅を事務所として使用している個人事業主にとって、引っ越しは「事業拠点の移転」という側面があるため、事務所に対応する部分については必要経費として計上できると考えるとよいでしょう。
引っ越し業者に支払った料金は、事務所専用の移転であれば原則として全額を経費にすることが可能です。一方、自宅兼事務所の場合は、家賃と同じように「事業に使っている割合(家事按分)」をかけた金額だけを経費として計上します。たとえば、部屋の床面積のうち30%を仕事部屋として使っているなら、引っ越し費用の30%を事業分として経費にできます。
引っ越し時の勘定科目は、「雑費」や「荷造運賃」「支払手数料」など、実務上よく使われる科目から選べば問題ありません。引っ越し費用の領収書・見積書は必ず保管し、以下の情報を一緒に残しておくと、後から税務署に説明しやすくなります。
- 事業用として使っているスペースの割合(面積・使用時間など)
- 上記の割合をどうやって計算したか
「どこまでが仕事用か」を合理的に説明できる状態にしておくことが、ペナルティへの不安を減らすポイントです。
1-2.振替納税の継続手続きを行う
所得税や消費税を口座振替(振替納税)で納付している場合、引っ越しによって所轄の税務署が変わると、振替納税の設定は自動的に引き継がれません。同じ税務署の管内での転居であれば手続きは不要ですが、管轄が変わる場合は継続のための手続きが必要です。
振替納税を引き続き利用するには、以下のいずれかの方法があります。
- 確定申告書の「振替継続希望」欄に〇を記入して提出する
- 変更後の税務署に「口座振替依頼書」を提出する
- 「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する申出書」の振替納税欄に継続希望を記載して提出する
毎年確定申告をしている個人事業主であれば、申告書の「振替継続希望」欄にチェックを入れるだけで済むため、手間をかけずに継続できます。この欄は令和5年分の申告書(第一表)から新設されたもので、所得税・消費税のどちらかの申告書で〇を記入すれば、両方に適用されます。
なお、令和5年1月1日以降の異動については「所得税・消費税の納税地の異動に関する届出書」の提出は原則不要になりました。ただし、振替納税の継続手続きは別途必要なので、「届出書が不要=振替納税もそのまま」と誤解しないよう注意しましょう。
振替納税の手続きを忘れると、納付期限に引き落としができず、延滞税が発生する恐れがあります。引っ越し後は早めに手続き方法を確認し、次回の確定申告までに対応を済ませておきましょう。
1-3.国民健康保険の切り替え手続きを行う
市区町村をまたいで引っ越す場合、国民健康保険の「脱退」と「新たな加入」の両方の手続きが必要です。国民健康保険は市区町村ごとに運営されているため、旧住所での加入資格をいったん喪失させ、新住所の市区町村であらためて加入し直す形になります。同一市区町村内での引っ越しであれば、役所に住所変更届を出す際に国民健康保険証も一緒に更新してもらうだけで手続きは完了です。
国民健康保険の加入・脱退や住所変更の届出は、原則として異動があった日から14日以内に行うこととされています。14日を過ぎても手続き自体はできますが、国保の資格は引っ越しや退職などの「事由が発生した日」に遡って取得する扱いになるため、その期間の保険料をまとめて支払う必要が出てきます。手続きが遅れると、一時的に医療費が全額自己負担になったり、あとから保険料が請求されたりするリスクもあるため注意が必要です。
役所には転入届を出しに行くタイミングで、国民健康保険の切り替えも同時に済ませてしまうと、往復の手間を減らしつつ、支払いトラブルや保険証の空白期間を防げます。
1-4.国民年金の住所変更手続きを行う
自営業やフリーランス(第1号被保険者)の場合、国民年金の住所変更は原則として手続き不要です。マイナンバーと基礎年金番号が紐付いている人であれば、役所に「転入届」や「転居届」を提出するだけで、日本年金機構の登録住所も自動的に更新される仕組みになっています。そのため、わざわざ年金窓口に並んで個別の手続きをする必要はありません。
ただし、以下のいずれかに当てはまる「例外的なケース」のみ、役所の国民年金窓口での住所変更届が必要です。
- マイナンバーと基礎年金番号が紐付いていない場合
- マイナンバーを持っていない場合(海外居住者など)
- 住民票の住所以外に、年金関係の通知書を送付してほしい場合
住所変更が漏れると、将来の年金に関する重要書類が届かなくなるリスクがあるため注意が必要です。
参考:日本年金機構|年金に加入している方が引越したときの手続き
1-5.事業用銀行口座の登録住所を変更する
事業で使用している銀行口座の住所変更を怠ると、銀行からの重要書類が旧住所に届き、新しい入居者に個人情報が漏れるリスクがあります。また、郵便物が宛先不明で返送されると銀行が住所不明と判断し、取引が一時的に制限されたり、高額の引き出しができなくなったりする可能性もあります。
多くの銀行では、スマートフォンアプリやインターネットバンキングから手続きが可能です。窓口に行く時間が取れない場合でも、オンラインなら24時間いつでも申し込めます。ただし、本人確認のため新住所が記載された運転免許証やマイナンバーカードが必要です。投資信託や債券の口座を持っている場合は、マイナンバー関連書類の提出も求められることがあります。
融資を受けている場合、返済中の金融機関へ別途変更届を提出する必要があります。カードローン以外の融資取引がある場合は、住民票や印鑑証明書などの原本提示が求められることもあるため、早めに取引銀行へ連絡し、必要な書類を確認しましょう。
1-6.クレジットカードの登録住所を変更する
事業経費の決済に使っているクレジットカードの住所変更は、引っ越し後すぐに行うべき手続きです。特に注意すべきなのが、カードの有効期限更新時です。新しいクレジットカードは、本人確認のため「転送不要」扱いで郵送されます。これは郵便局に転居届を出していても新住所には転送されず、カード会社に返送されてしまう仕組みです。
住所変更を怠ると、更新カードが手元に届かず利用停止となり、サーバー代やクラウドツールなどの継続課金の決済が失敗して業務が止まるリスクがあります。さらに、住所不一致が続くとカード会社からの重要な通知が届かず、支払い遅延に気づかない可能性もあります。万が一不正利用があった場合に、損害補償を受けられないリスクもあるため、早期の対応が必要です。
多くのカード会社では会員サイトやアプリから手続きが可能ですが、個人事業主向けのビジネスカードやコーポレートカードは電話または郵送での手続きが必要な場合もあります。Web手続きでも反映まで数日から最大2週間かかることがあるため、カード更新時期が近い場合は特に急いで対応しましょう。
1-7.郵便局の転送設定を行う
郵便局の「転居・転送サービス」を申し込むことで、旧住所宛ての郵便物を新住所へ届けてもらえます。すべての取引先やサービスに住所変更を伝えたつもりでも、想定外の郵便物が旧住所に届く可能性があるため、必ず設定しておきましょう。
手続きは郵便局の窓口、または「e転居」というオンラインサービスで行えます。転送サービスは届出日から1年間無料ですが、この「1年間」は転送開始希望日ではなく届出を提出した日からカウントされます。転送が開始されるまで3~7営業日かかるため、引っ越しの1週間以上前には手続きを完了させましょう。たとえば月曜日に届出を提出した場合、最短で木曜日、遅くとも翌週の水曜日から転送が始まります。
ただし、「転送不要」と記載された郵便物は転送されません。クレジットカードやキャッシュカード、金融機関からの一部の郵便物がこれに該当するため、これらの住所変更は別途、各発行元で直接手続きを行う必要があります。
1-8.ライフライン(電気・ガス・水道)の引っ越し手続きを済ませる
電気、ガス、水道の停止と開始の手続きは、引っ越しの1週間前までに完了させましょう。手続きが遅れると、メーターの種類や事業者によっては引っ越し当日に電気が使えず、仕事環境が整わないまま本業の稼働が止まってしまうリスクがあります。
現在は多くの事業者がWebサイトやアプリから一括で停止・開始の予約を受け付けています。契約中の電力会社のマイページまたは電話で、旧居の使用停止と新居の使用開始を同時に申し込むとスムーズです。
ガスについては、作業員が訪問して安全確認や使用方法の説明を行うため、開栓時の立ち会いが必須です。なお、立ち会いは契約者本人でなく代理人でも対応可能なので、スケジュール調整が難しい場合は家族や信頼できる知人に依頼することも検討しましょう。
水道は、旧居では契約中の水道局に7~4日前までに使用停止を連絡し、新居では管轄の水道局に使用開始の手続きを行います。引っ越し当日でも手続き可能ですが、スムーズに使用できるよう早めの申請が推奨されています。
1-9.事業拠点情報を変更する
自身のWebサイトや名刺に記載している住所情報を更新しましょう。古い住所のまま放置していると、クライアントからの信頼を損なう可能性があります。
特に注意が必要なのは、通信販売やオンライン講座など、商品やサービスを継続的に販売している場合です。この場合、特定商取引法に基づく表記が義務付けられており、住所を含む販売者情報を正しく表示する必要があります。住所が古いまま放置すると、特定商取引法違反として、業務停止命令や100万円以下の罰金などの行政処分を受けるリスクがあるため注意が必要です。なお、受託制作や開発業務のみを行っているWeb系フリーランスの場合、継続的な商品販売を行っていなければ特定商取引法の対象外となります。
更新が必要な主な項目は以下の通りです。
- Webサイトの会社概要・特定商取引法に基づく表記
- メールの署名
- Googleビジネスプロフィール
- 名刺
Googleビジネスプロフィールの住所変更は、管理画面から「ビジネス所在地」を編集することで行えますが、反映まで2~3日かかる場合があります。また、場所によっては再度オーナー確認が必要になることもあるため、早めに対応しましょう。
1-10.取引先への住所変更通知を行う
現在契約している取引先、および過去に取引があり今後も可能性がある取引先に対し、住所が変わったことをメール等で通知します。請求書の送付先や契約書上の住所が古いままでは、事務処理上のトラブルを招き、相手方の担当者に余計な工数を取らせてしまうため忘れずに実施しましょう。
通知は引っ越しの1週間前から、遅くとも引っ越し直後までを目安に行いましょう。メールには以下の情報を含めると、スムーズな取引継続が可能になります。
- 新住所と適用開始日(例:「〇月〇日より下記住所へ移転いたします」)
- 電話番号・メールアドレスの変更有無
- 郵便物の転送期間(例:「旧住所宛の郵便物は1年間転送されます」)
- 今後送付してもらう書類の宛先
また、自分が発行する請求書やインボイスの住所表記も忘れずに変更しましょう。
1-11.確定申告書の住所を新住所にして提出する
引っ越し後の最初の確定申告では、申告書の住所欄に新しい住所を記入します。確定申告書を提出することで、税務署は納税者の最新の住所を把握し、以降の管轄を確定させます。
2023年1月以降、納税地の異動届の提出は原則不要になりました。確定申告書に新住所を記載して提出すれば、自動的に住所変更があったものとして処理されます。ただし、年の途中で税務署からの郵便物の送付先を変更したい場合は、「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する申出書」を新しい管轄税務署に提出しましょう。
確定申告書第一表には2つの住所欄があり、それぞれ以下のように記入します。
- 「住所」欄:現住所(申告書提出時点の住所)
- 「令和〇年1月1日の住所」欄:確定申告する年分の翌年1月1日の住所
たとえば、令和6年分(2024年分)の確定申告なら、「令和7年1月1日の住所」を記載します。
確定申告書の提出先は、引っ越し後の住所を管轄する税務署です。e-Taxを利用する場合、利用者識別番号は変わりませんが、基本情報の住所欄を更新した状態で送信すれば問題ありません。
参考:国税庁|A1-6 所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する手続
2.個人事業主が賃貸の「引っ越し審査」を通過する3つのコツ
個人事業主は会社員に比べて収入の安定性を疑われやすく、賃貸契約の審査が厳しくなる傾向にあります。ここでは、スムーズに契約を進めるためのポイントを紹介します。
2-1.「支払い能力」を証明する書類を揃える
自身の収入が安定していることを客観的に示す書類を準備しましょう。不動産会社や大家さんは、家賃の滞納が発生することを極めて恐れているため、確かな証拠を提示する必要があります。
用意すべき書類は以下の通りです。
- 確定申告書の控え(直近2〜3年分):e-Taxの場合は受信通知も添付
- 納税証明書(所得金額用・納税額用)
- 所得証明書(課税証明書)
- 銀行の残高証明書(発行から1ヶ月以内)
特に重要なのは、確定申告書の「収入金額等」の欄に記載された総収入です。
審査では家賃の3倍以上の総収入があるかが一つの目安となります。また、家賃を月収の30%以内に抑えることで、審査通過率は高まるでしょう。売上が右肩上がりであれば、その実績を数値で示すことで支払い能力の高さをポジティブにアピールできます。
2-2.家賃保証会社の利用や預貯金審査を検討する
保証人だけでなく、家賃保証会社を利用することや預貯金額による審査を提案しましょう。個人事業主の場合、親族を保証人に立てるだけでは審査に通らないケースがある一方、保証会社を通すことで大家や不動産会社の審査リスクが軽減され、契約しやすくなります。ただし、保証会社自体の審査もあり、過去に家賃滞納歴がある場合は通らない可能性があるため注意が必要です。
連帯保証人を立てる場合は、安定した収入のある会社員などの親族に依頼することで、審査に通りやすくなります。また、通帳のコピーや銀行の残高証明書を提示して「家賃の24ヶ月分(2年分)程度の貯蓄がある」ことを証明する「預貯金審査」も、個人事業主には有効な手段です。不動産会社の担当者に、どのような方法であれば信頼を得やすいか、事前に相談しておくことが大切です。
2-3.不動産会社に「個人事業主の実績」をポジティブに伝える
単に「フリーランス」と名乗るのではなく、事業内容や取引先の実績を具体的に伝えましょう。不動産会社側が「何の仕事をしているかよくわからない」という不安を感じると、審査で不利に働く可能性があるからです。
以下のような情報を提供すると効果的です。
- 「大手企業と継続的な取引がある」といった具体的な実績
- 「Webサイト制作でこれだけの月商がある」という収入の説明
- ポートフォリオ(実績や作品をまとめたもの)
- 取引先との契約書(守秘義務に注意)
- 事業計画書(今後の収入見込みを示す)
誠実で几帳面な印象を与えることで、「この人なら部屋を綺麗に使い、家賃も遅延なく払ってくれそうだ」という安心感を持ってもらうことが重要です。
3.よくある質問
個人事業主の引っ越しに関して、多くの方が疑問に感じるポイントにお答えします。
3-1.開業届の住所変更は必要ですか?
2023年1月以降、「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する申出書」の提出は原則不要になりました。確定申告書に新しい住所を記載すれば、自動的に税務署に反映される仕組みとなっています。
ただし、年の途中で税務署からの郵便物を確実に新住所で受け取りたい場合は、任意で「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する申出書」を税務署に提出することも可能です。
3-2.海外に引っ越す場合、どのような手続きが必要ですか?
海外へ移住する場合、事業を継続するかどうかと、日本での収入が今後も発生するかで必要な手続きが異なります。
■海外移住後に日本で事業を継続しない場合
「個人事業の廃業届出書」を廃業後1ヶ月以内に税務署へ提出します。また、市区町村に住民票の転出届も提出しましょう。
■海外移住後も日本で収入が発生する場合
納税管理人の選任が必要です。日本国外へ転居すると、税務署からの書類を受け取ったり、納税を行ったりすることが困難になるため、日本に居住している親族や税理士を「納税管理人」として定め、出国日までに「所得税・消費税の納税管理人の届出書」を税務署に提出します。
納税管理人を選任するかどうかで、確定申告の期限が異なります。
- 納税管理人を選任する場合:翌年の2月16日~3月15日(通常通り)
- 納税管理人を選任しない場合:出国日までに準確定申告が必要
手続きを行わずに日本を離れると、確定申告が間に合わず、無申告加算税などのペナルティが課される可能性があるため、必ず出発前に完了させる必要があります。
4.まとめ 引っ越し代の経費計上と新住所での確定申告を正しく行おう
個人事業主の引っ越しは、事務手続きの多さに圧倒されがちですが、重要度の高い項目から順番にこなしていけば決して難しくありません。まずは、引っ越し費用を適切に「家事按分」して経費に計上し、節税につなげましょう。
また、役所や銀行、取引先への住所変更を速やかに行い、社会的信用を守ることも大切です。税務署への届出についても、現在は確定申告書による通知が基本となっているため、過度に心配する必要はありません。紹介した手順を一つずつ完了させれば、後から税務署に不備を指摘されるリスクを回避できます。
効率的に手続きを終わらせ、新しい快適なオフィス環境で本業のパフォーマンスを向上させていきましょう。


