認知症の相続人がいるとどうなる?遺産分割・申告の注意点と対策

認知症の家族がいる。自分が亡くなったときに相続手続きは円滑に進められるのだろうか?
「母が認知症っぽい。遺産分割は進められる?」

相続手続きでは、相続人全員が話し合いに参加して遺産分割協議を行う必要があります。
しかし、相続人の中に認知症の方がいる場合、意思能力の問題から遺産分割協議が進められず、相続税の申告や財産の名義変更が滞ってしまうことがあります。

本記事では認知症の相続人がいる場合の遺産分割や相続税申告への影響、成年後見制度による対応、生前対策として有効な遺言書の作成や財産整理の方法について、税務の視点からわかりやすく解説します。


1.認知症の相続人がいると遺産分割協議ができない

認知症の相続人がいると遺産分割協議ができません

遺産分割協議とは相続人全員の合意によって遺産の分け方を決める話し合いです。
しかし、相続人の中に認知症の方がいて、その相続人が認知症により意思能力が低下しており、「遺産分割協議に有効に参加することができない」とみなされた場合、遺産分割協議を行うことができません。

また、たとえ遺産分割協議を行ったとしても、無効となります。

民法第3条の2 意思能力
 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

意思能力とは自分の行為の結果を理解し、自分の利益・不利益を判断できる能力のことです。認知症が進むと意思能力が欠けていると判断される場合があります。

遺産分割協議ができないと、預金の凍結解除などの相続手続きを進めることができず、相続人は相続財産を受け取ることができません。


2.遺産分割協議ができないと相続税申告にも影響がでる

遺産分割協議ができないと相続税申告にも影響がでます。
認知症の相続人がいて遺産分割協議ができない状態が続くと、相続税の申告期限に間に合わない可能性があります。

相続税の申告は、相続開始(被相続人の死亡)を知った日の翌日から10カ月以内に行わなければなりません。(相続税法第27条)しかし、相続人の中に認知症の方がいて遺産分割協議ができない場合、誰がどの財産を取得するのかが決まりません。

このように、誰がどの財産を引き継ぐかが決まっていない状態のことを、税務上では「未分割」といいます。遺産分割協議が進まないまま時間が経過すると、相続税の申告期限(相続開始から10か月)が迫り、分割が完了しないうちに申告を行わざるを得ない状況になります。その場合は、やむを得ず「未分割」の状態で相続税を申告することになります。

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3.未分割で申告すると、小規模宅地等の特例・配偶者の税額軽減が適用できない

相続税には納税者の負担を軽減するための優遇措置がいくつか設けられています。
その代表的なものが「小規模宅地等の特例」と「配偶者の税額軽減」です。

これらの特例を適用するには、相続税の申告期限までに「誰がどの財産を取得するか(遺産分割)」が確定していることが条件となっているので、未分割で申告すると小規模宅地等の特例・配偶者の税額軽減などを適用することができず、納税額の負担が軽減できません。

相続人の中に認知症の方がいて遺産分割ができないまま申告期限を迎えると、「未分割」の状態で申告するしかなくなり、結果として小規模宅地等の特例、配偶者の税額軽減を適用することができなくなります。(※)

(※)申告期限から3年以内に遺産分割をして申告をやり直すことで、特例を受けることができます。特例を受けたい場合は、相続税の申告書にあわせて「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出します。「申告期限後3年以内の分割見込書」には、遺産が分割されていない理由と分割の見込みの詳細を記載します。

3-1.小規模宅地等の特例を使えば最大80%の評価減も可能

小規模宅地等の特例は、被相続人の居住用・事業用などの土地について、最大80%まで評価額を減額できる制度です。(ただし、土地の用途や相続人の居住状況によって、減額の対象となる面積や減額割合は異なります。)

小規模宅地等の特例を使うには、その宅地を実際に取得する相続人が明らかになっている必要があります。未分割の状態では、誰がその宅地を相続するか確定していないので、小規模宅地等の特例を適用することができません。

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3-2.配偶者の税額軽減は法定相続分または1億6,000万円まで非課税

配偶者の税額軽減は配偶者の相続する財産のうち、法定相続分または1億6,000万円までのいずれか多い額までは相続税がかからないという制度です。よって、配偶者の税額軽減は配偶者が実際に取得する財産が確定しなければ適用することができません。

未分割の状態では、配偶者が相続する財産の範囲が不明なため、配偶者の税額軽減を適用させることはできないのです。

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4.相続税シミュレーション|認知症による未分割が相続税額に与える影響

では、小規模宅地等特例と配偶者の税額軽減を適用できない場合、相続税額にどのくらい影響を与えるのでしょうか。よくあるケースを用いてシミュレーションをしてみます。

4-1.シミュレーション概要

  • 被相続人の財産総額:自宅の土地1億円
              その他の相続財産(預貯金・有価証券・家屋など)3,000万円
  • 相続人:配偶者1名、子供2名(計3名)
  • 遺言書なし
  • 遺産分割は法定相続分で行った
  • 相続発生時点で配偶者が認知症と診断されており、成年後見制度の手続きが間に合わなかったと想定

4-2.シミュレーション結果

認知症による未分割が相続税額に与える影響は大きく、両者の差は1,125万円となりました。

遺産分割協議が済み、小規模宅地等の特例と配偶者の税額軽減を適用できた場合は、相続税額が10万円となります。
一方で遺産分割協議ができず、未分割で申告した場合は1,135万円もの相続税が課税されます。

特例を適用できなかった場合1,135万円
特例を適用できた場合10万円

5.成年後見制度で対応した場合の注意点

では、相続人に認知症の方がいる場合、どのような対応をすれば良いのでしょうか。

最も一般的な対応方法は成年後見制度を利用することです。
成年後見人は家庭裁判所に後見開始の審判を申し立てて選任します。

成年後見人が就任すれば、認知症の方に代わって遺産分割協議に参加することができますので、法的に有効な遺産分割協議を開催することができます。

ただし、成年後見制度の利用には、以下の注意点があります。

5-1.【注意点1】遺産分割内容が制限される

成年後見制度を利用すると、遺産分割内容が制限されます。

成年後見人は原則として、法定相続分と同等、または法定相続分以上の遺産を相続できる内容でなければ遺産分割協議で同意しません。

なぜなら、成年後見人は民法858条に基づき、被後見人(認知症の方)の利益を最優先に行動する義務があるため、本人にとって不利益となる内容の遺産分割協議には原則として同意できないからです。

成年後見人を選任すると、今後の生活を見据えた相続対策のための遺産分割や、相続税法上有利な遺産分割ができなくなります。

5-2.【注意点2】費用と管理の手間がかかる

成年後見制度を利用するには、費用と管理の手間がかかります。

成年後見人には親族が就任するケースの他、家庭裁判所によって弁護士や司法書士などの専門職後見人が選任されるケースもあります。特に相続財産が高額であったり、親族間に対立がある場合は専門職が後見人に選ばれることが多く、報酬を支払う必要があります。(費用は月額2-6万円程度ですが、財産額や事務内容によって異なります。)

また、成年後見制度を利用すると、被相続人の預貯金や不動産などの管理はすべて後見人の責任となります。財産の出し入れ、使い道について家庭裁判所の許可や報告が求められたり、家族であっても勝手に生活費や医療費に被後見人(認知症の方)の財産を使うことができなくなります。また、年1回程度の収支報告書の作成・提出が必要になります。


6.認知症の推定相続人がいる場合は、生前の準備が大切

認知症の推定相続人がいる場合は、生前の準備が大切です。

相続人に認知症の方がいると、遺産分割協議ができず、相続手続きが進められない事態に陥るおそれがあります。また、相続税の申告を未分割で行うことになり、税額に大きな差が出てきます。

成年後見制度を利用すれば対処は可能ですが、申立てや財産管理の負担、費用の継続的な発生など、家族にとっては大きな負担となります。

そのため、将来的に認知症のリスクがある場合は、生前のうちから相続に備えておくことが非常に重要です。以下のような準備をしておくことで、家族間のトラブルや手続きの混乱を避けることができます。

6-1.【生前対策1】遺言書を作成しておく

認知症の推定相続人がいる場合は、遺言書を作成しておきましょう。

被相続人が有効な遺言書(例えば公正証書遺言)を残していれば、原則として遺産は遺言通りに分割され、遺産分割協議は不要になります。相続手続きが滞り、相続人がいつまでも財産を受け取ることができないという事態を防ぐことができます。また、認知症となった配偶者には財産を相続させず、子供たちへ相続させるといった遺産分割も可能になります。(遺留分にはご注意ください。)

遺産相続の遺留分とは|法定相続人に保証されている最低限の相続分

6-2.【生前対策2】家族信託を検討する

認知症の推定相続人がいる場合は、家族信託を検討するとよいでしょう。

家族信託とは自分の財産を信頼できる家族に託す仕組みのことです。財産を持つ人が持っている不動産や預貯金等の財産を家族に託し、その管理や処分を任せます。

家族信託を利用すれば、親が認知症になっても家族が財産管理をすることが可能になります。また、成年後見制度を利用するよりも柔軟に財産を管理することができます。

家族信託のしくみとメリット・デメリット ~安心できる老後のために

6-3.【生前対策3】認知症が進行する前に家族で話し合う

認知症の推定相続人がいる場合は、認知症が進行する前に家族で話し合うことも大切です。

遺す人が、誰にどの財産を遺したいと考えているのかを推定相続人と共有しておくことは、円満な相続に向けて非常に重要です。あわせて、財産の内容や金額を明確にし、財産目録を作成しておくことも、相続を円滑に進めるうえで有効な手段です。

6-4.【生前対策4】財産を整理する

認知症の推定相続人がいる場合は、生前のうちに不動産を処分または贈与する、預金を集約するなど財産を整理することも大切です。

特に、認知症を患っている相続人が不動産の持分を有している場合は注意が必要です。そのままでは将来的に不動産の処分や登記手続きが困難になる可能性があるため、意思能力があるうちに持分を贈与するなどの対策を講じておくことをおすすめします。


7.まとめ

相続人に認知症の方がいる場合、遺産分割協議ができず、相続税申告や不動産の手続きなどが滞る可能性があります。実際、未分割で申告せざるを得なくなり、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減といった重要な相続税の優遇措置が適用できなくなるケースも珍しくありません。

成年後見制度を利用すれば一定の対応は可能ですが、申立てや報告義務、費用など、家族にとっては決して小さくない負担となります。

こうしたトラブルを避けるためには、認知症のリスクをふまえて早い段階での準備を行うことが何より大切です。遺言書の作成や家族間の話し合い、不動産や財産の整理など、まずは当事務所までご相談ください。

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